韓国の現代財閥創業者、鄭周永氏。1970年代、不法もいとわない強引な手法で日本から技術を盗むことに奮闘した立志伝中の経済人だ=1998年11月、韓国北東部の東海港(共同)【拡大】
《鄭氏は造船業にも進出したが、1万5000トン級までしか造った技術・経験を持たぬのに、うっかり30万トン級を受注する。そこで鄭氏は、親しい日本のK造船会長に接触。「芸者」と呼ばれた接待術を駆使し「何か手伝えることは?」と、会長に言わせる。鄭氏の頼みは「研修生2人を1年間、K造船で引き受けてくれまいか?」。会長は「虎の子を飼う愚」は見透かしたが、巨大事業実態を2人で1年以内に把握するのは不可能と判断し、申し出を受けた》
資料コンテナ2台分
これがとんでもない事態を引き起こす。
《鄭氏は2人に「役立つモノは何でも持ってこい」と特命を課す。K造船は月に1度、地震時の総員避難訓練を実施していた。オフィスが無人になると、2人は隠れていたトイレを出て、K造船が見せてくれない設計図をコピーした。造船所仕様の特殊モンキースパナまで懐(ふところ)に。不法もいとわず、収集資料を頻繁に本社に送り、総量はコンテナ2台分になった》
しかも、報道は《日本人を買収したのではなく、自力で盗んだ(ので許される)》との解説が付く。