トルコのアンタルヤで開かれたG20首脳会議の際、挨拶を交わすウラジーミル・プーチン露大統領(左)とバラク・オバマ米大統領=2015年11月16日(ロイター)【拡大】
米中枢同時テロの頃、若きプーチン氏は主要8カ国(G8)に迎えられて間もないロシアを率い、国際協調や改革にも意欲を有していた。だが、その後は、米国の対イラク開戦や北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大、米ミサイル防衛(MD)をめぐる問題を通じ、米国の「一極支配」に反発を強めた。冷戦で敗れたロシアは米国に攻め込まれる一方だ-との“被害感情”が蓄積されていったのだ。
ウクライナで昨年2月、大規模デモを背景に親露派政権が崩壊すると、プーチン氏はここに「米国の手」を疑い、ついに「力」で反撃に出る。3月にはウクライナ南部のクリミア半島を一方的に併合し、東部の紛争でも親露派側に派兵して親欧米政権と対峙させた。武力で状況を変え、それから外交的に有利な落としどころを探るのはシリア介入にも通底する手法であり、本来、欧米諸国の価値観とは全く相容れない。
「反ヒトラー」引き合い
ロシアの国内事情を見ても、強力なプロパガンダ(政治宣伝)によって、あらゆる問題の原因を欧米に帰する国民多数派の意識が出来上がっている。また、ロシア経済の構造危機は深刻で、「仮に欧米が制裁を解除しても、すぐに経済が上向くことはまずない」(専門家)とみられている。経済悪化の理由を国民に説明し、反発を抑えるには「外敵」の存在を利用し続けるしかない。