命日に今も法要
「科学への献身を通じ、人類のために生き、亡くなった」。ニューヨークのウッドローン墓地にある野口の墓には、こう刻まれている。2008年に米国の日本人医師会などが、墓石の傷みを修復。今も命日には法要が続けられている。
東日本大震災をきっかけに、ニューヨークの医大と福島県立医大の交換留学も始まった。被災地で緊急支援活動に当たった米国の日本人医師会幹部の柳沢貴裕さんは「野口のことも頭に浮かび、何かできないかと考えた」と振り返った。
合間に将棋
貧しい農家に生まれ、1歳で左手に大やけどを負うなどのハンディをはねのけた野口は、梅毒スピロヘータなどの研究で功績を挙げ、ノーベル賞候補にもなった。
苦学の研究者というイメージが強いが、チームプレーが苦手な性格や、浪費癖などの側面も伝えられている。そんな野口は猛烈な研究の合間に、ニューヨークにある邦人の親睦団体「日本クラブ」で将棋を指していた。