国際法が禁じる公船への放水・進路妨害誘発を懸念したためだ。だが、海警局船は巡視船に放水や進路妨害を繰り返した。海保にはもう一つ、実力行使を控える理由があった。海警局船は海軍のフリゲートを改造し機関砲を残していた。巡視船も機関砲は装備するが、不測事態回避に加え、砲撃戦に至れば、ほぼ商船構造の巡視船に対し軍艦の船体は耐弾性・ダメージコントロールにおいて雲泥の差をつける。
「漁船」は《海上民兵》が操っていた。民兵は中国軍の一部で、軍事の最高意思決定機関《中央軍事委員会》の支配下に置かれる。多くは中国軍を退役した予備役将兵で、海上民兵も日常、漁業や海運・港湾事業に就き、各々の職業的特技を活かした任務を担う。例えば、商船乗員は海軍艦艇への補給物資輸送支援/離島住民は警戒・監視の一端を担任する。漁師の場合、母港+操業海域近くの海軍艦艇や陸軍将兵輸送船団に弾薬・燃料・食糧を運ぶ。
南シナ海の人工島軍事基地建設に当たり、埋め立て用土砂や建設資材は海上民兵が運搬した。レーダー/通信機器/魚群探知機/衛星測位システムを搭載し、潜水艦を含む自衛隊・米軍艦艇の位置などの情報を、軍や準軍隊に通報している。兵器の扱いを学び、戦闘訓練や政治教育も受ける。機雷敷設やミサイルで外国艦船への攻撃もいとわない。