震災は小学5年生のとき。津波が町をのみこみ、東京電力福島第1原発事故が起こった。
一家は正子さんの安否が分からないまま、親戚のいる埼玉県入間市や、同級生が避難した新潟県聖籠(せいろう)町を転々とした。しかし、正子さんのことが気がかりな芹香さんは、新しい場所になじめなかった。通っていた小学校が再開すると知り、被災から2カ月後には南相馬の自宅へ戻った。
正子さんを確認できたのはその1カ月後の6月。4月に発見されていたが、DNA型鑑定に時間がかかった。「遺体はすぐ見つかっていたのに…」。家族は火葬に立ち会うことができなかったことを今も悔やむ。
あの時、140センチ程度だった身長は160センチになった。
「ばばちゃん、私はもう高校生になったんだよ」-。今も正子さんに話したいことがたくさんある。
今年、浪江町に正子さんの墓ができた。震災以降、浪江町に足を運んだことはなかった芹香さんは追悼式でこう誓った。
「気持ちの整理をつけ、もう一度、浪江に行こうと思います」(石野哲郎/SANKEI EXPRESS)