日本は「集団的自衛権」を行使できないので、他国は日本を標的としないという「抑止力」。標的とされるリスクが低い「安心感」と言ってもよい。賛否それぞれの立場から、このプラス・マイナスの比較考量は百家争鳴であろう。しかし、重要なマイナスがもうひとつある。それは、閣議決定による憲法解釈変更という手法を選択したことである。
この点に関する賛否両論の賛成派は圧倒的に不利である。過去の政府見解との整合性、立憲主義、民主主義との関係。いずれにおいても正当性は脆弱(ぜいじゃく)であり、欧米メディアもこの点に関して厳しい警鐘を鳴らしている。
◆自衛隊法76条・78条
今回の論争は個別事例を材料に行われた。しかし、安全保障問題を個別事例で検討することの是非にも留意しなくてはならない。さまざまな事例を検討しても、現実に起こり得る全ての事態は網羅できない。実際に危険に直面する自衛隊員からすれば、困惑するばかりだ。
あらゆる事態に対応するための原則論を定めておくこと、究極的事態(想定できない事態)へも対応可能な論理を準備しておくことこそが、国家として、そして現実の危険に直面する自衛隊員にとっても重要なことである。
そうした観点から、防衛出動を定める自衛隊法76条、治安出動を定める同78条が鍵となる。76条は「我が国を防衛するために必要があると認める場合」に防衛出動が可能であることを定めている。あらゆる事態に対応可能な論理を考えるうえで重要なのは、「我が国」の定義である。国民の安全を守るのは国の当然の責務。国民が他国の武力攻撃の影響で危険にさらされているときに、現行法では対応できないと考える道理はない。
国家の3要素は「国民、領土、主権」。万国共通の理解である。したがって、同条の「我が国」を「国民、領土、主権」と解すれば、邦人が乗船している輸送船が武力攻撃にさらされた場合、防衛出動は可能と考える原則論を定めておくことが論理的に可能だ。