小曽根真×真山仁対談

(上) コロナ禍だからこそ伝えたいことがある (2/3ページ)

SankeiBiz編集部
SankeiBiz編集部

 真山 思いを伝えたいと心を込めて集中していると、不思議と昔の記憶が甦ってくる感覚は、私も経験あります。それが、毎日続いた理由ですか。

 小曽根 それ以上に大きかったのが、演奏後に、Facebookに寄せられるメッセージですね。「これで今日ゆっくり寝られる」「明日も生きてみようと思う」といった本当に切実なメッセージが届いて、多くの人が、大変な状況に置かれているんだということを痛感しました。だったら、僕もライブを頑張って続けようと。

 こんな時だから、敢えて厳しい苦言を発信する

 小曽根 連続ライブを通じて、芸術は、受け手側によって支えられていることを痛感しました。コロナ禍で苦しんでいる人を応援するつもりが、自分も救われた思いです。真山さんは、コロナ禍で始められたことや、こだわったことはありますか?

 真山 私は近年、言葉の重みが失われている一方で、同じ日本語なのに、言葉が通じ合わなくなっていると危惧していました。その一つの理由は、SNSの影響だと思いますが、誰もが面と向かって発言せず、曖昧な言葉を自分流の解釈で勝手に理解していく。このままでは、日本中がバラバラになっていくかもしれない。それを止めるのは、われわれ小説家を含め、言葉を生業にしている者の責任だと思っていました。

 小曽根 僕も一時期SNSで、社会に対して思うことを積極的に発言していたのですが、もしかするとやや無責任な発言をしたのではと思ってから、自分自身がしっかりと理解していること以外については、安易に批判するのをやめました。必ずしも発言者の意図が、受け手に伝わるわけではないですからね。

 真山 音楽は、聴く人が10人いたら、10通りの感じ取り方があるのが素晴らしいですが、言葉となると、そうとも言えない。やはり、コミュニケーションの道具ですからね。尤(もっと)も、私は、コロナ禍の中であえて「人が言いにくい苦言」を発信するように努めました。但し、単に「けなす」のではなく、「じゃあ、どうするのか」という提案も忘れないようにして。

 小曽根 具体的には、どんな発言ですか?

 真山 昨年は一年を通して、日本中が自粛モードを強いられました。日本人は、生真面目ですから、ほとんどの人がしっかり自粛して感染予防に努めました。その一方で、自粛しない人が、非難された。でも、「自粛」するかどうかは個々人が判断すればよい。政府に強制力はなく、自粛しなくても犯罪ではない。だから、モラルを大切にと訴えるのは良いと思いますが、それが度を超え始めた。

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