小曽根真×真山仁対談

(中) 神戸“縁”のふたりが想う二つの震災 (2/3ページ)

 東日本大震災から10年で考えたこと

 小曽根 『それでも、陽は昇る』は、三部作のラストだそうですね。

 真山 東日本大震災が起きた2011年の7月に初めて、岩手県と宮城県の沿岸部を、3日かけてレンタカーで巡り、ここから何を伝えようかと、自問自答を繰り返しました。特に、メディアが伝えていないことを探しました。

 小曽根 その辺りが、真山さんらしい。で、それは、どんなことでしたか?

 真山 子供の笑顔の裏側にあるものですね。「阪神」の教訓からか、メディアは、「東日本」の報道で、初日から子供を追いかけました。悲惨な事態になっても笑顔を忘れない子供。それを見ると、皆が勇気づけられる。

 一見、良い話に思えますが、子供に無理を強いることになります。子供が明るいのは、大人が塞(ふさ)いでいるのが一因です。本能的なものですが、無理をしています。メディアが追いかければ、子供たちはどんどん追い詰められる。それは、止めさせたかった。

 もう一つは、生き残った人の後ろめたさというのは、小説だから描けると思いました。

 小曽根 小説だから描けるというのは、新聞記事やノンフィクションと、何が違うんでしょうか。

 真山 震災によって生まれた問題点や被災の現実を記事やノンフィクションで伝えようとして、当事者を傷つけてしまうことがあります。また、物事の本質を伝えるには、読者に届きやすくする工夫が必要ですが、事実に縛られてしまい、表現しにくい場合があります。事実を踏まえながらもフィクションに昇華することで、普遍性が生まれ、より読者に届きやすくなります。それが、小説の力だし、役割だと私は考えています。

 小曽根 なるほど、いわゆる「物語」の強さですね。小説は、感情移入できるので、読者の心に届きやすいという側面もありますよね。

 真山 おっしゃるとおりです。疑似体験できるけど、これはフィクションだという安心感がある。一方で被災者にも、少し現実から距離を置いて震災を感じ、考えて欲しいと思いました。

 小曽根 今年は、「東日本」から10年という節目です。その年に三作目を発表されたのには、理由があるんですか。

 真山 10年というのは、出来事を歴史的事実として見られるようになる1つの区切りだと、私は考えています。なので、改めて、震災は私たちに何を残したのかを一緒に考えたいと思いました。一方で「阪神」は昨年、25年という節目を越えました。もはや、記憶も消え去ろうとしている。「でも、本当にもう何も伝えるものはないのだろうか」と考え、その試行錯誤を小説にすることにしたのです。

 小曽根 年月というのは、いろんなことを忘れていく一方で、忘れてはならないことが、浮かび上がってくるために必要な時間でもありますよね。真山さんには、どんな言葉が浮かんだんでしょう。

 真山 そこは、小説を読んでください!(笑)と言いたいところですが、うまくいかなかった失敗から目を逸らさず、失敗こそ、語り継ぐべきじゃないかと強く思うようになりました。

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