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初公開!牛乳石鹸工場のヒミツ 「赤箱」「青箱」に隠された歴史

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初公開!牛乳石鹸工場のヒミツ 「赤箱」「青箱」に隠された歴史

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赤箱と青箱がペインティングされた安田工場の扉。社員らが休憩時間などを利用して描き上げたという  「♪牛乳石鹸(せっけん) よい石鹸~」のCMソングや、牛のマークの石鹸の販売などで知られる「牛乳石鹸共進社」。その石鹸を製造する主力工場の安田工場(大阪市鶴見区)が内部を公開することになり、工場完成から半世紀を経て初めて、牛乳石鹸ができるまでの秘密が明かされることになった。通称「赤箱」「青箱」としておなじみの牛乳石鹸。はたして、どんな製作秘話があるのか、わくわくしながら工場の敷居をまたいだ。(上岡由美)

 「赤箱」包装、10代目に

 今回、工場の内部が公開されるのは、発売85周年を迎えた超ロングセラーの「赤箱」の包装が平成6年以来、19年ぶりに刷新されるのを記念したもの。刷新されると10代目のパッケージとなり、これまで赤い箱の表面に白い文字で英語の「Beauty Soap」と書かれていたものが、今回初めて漢字の「赤箱」というロゴが添えられることになるという。

 ところで、「赤箱」「青箱」とはいったい何のことだろうか。同社によると、製造する際の成分が若干異なり、赤箱は「クリーミィーな泡でしっとり」、青箱は「ソフトな泡でさっぱり」がポイントだとか。

 ついでに、牛のマークの由来についていえば、「商いは牛の歩みのごとく」という格言に習い、粘り強く前進して堅実な経営を進めていこうという企業理念を象徴している。

 今では、牛のマークと、赤箱、青箱は、すっかり牛乳石鹸のシンボルとして、多くの人から愛されているという。

 東京には赤箱がない!?

 さて、大阪の中心部・JR京橋駅から他のメディアの人たちと一緒にマイクロバスに乗り込んだ。ここから約30分バスに揺られ、安田工場に向かう。

 「赤箱もあったのね。東京では、青箱しか見ないけど」

 車窓から外を眺めていたら、突然気になる声が聞こえてきた。えっ、東京には赤箱がない!?

 同社によると、関西は赤箱、関東は青箱の認知度が高く、店頭でも東京では青箱が並んでいるケースが多いという。

 ちなみに1箱の値段は、赤箱が105円、青箱が84円。分量は、レギュラーサイズで赤箱が100グラム、青箱が85グラム。

 大阪の人は高くても大きいのがいいのか、東京の人が小さくて安いものを好むのか、あるいは、大阪の人はクリーミィーに引かれ、東京の人はさっぱりが心地よいのか、同社も「なぞ」としている。

 あれこれ考えをめぐらせているうちに、「着きました」。意外にも、住宅街の中に工場があった。

 これが、年間約1億4千万個の石鹸を製造している工場かと思うと、ちょっと不思議な感じがした。

 60トンの大釜で石鹸作り

 赤箱と青箱が描かれた扉が左右に開き、工場内に入った。さっそく目を引いたのは、直径4メートル、深さ5メートルで容量60トンという大釜。両サイドに計11基もあり、それぞれがどろっとした液体を内部で加熱しながらかくはん、液体はじょじょにクリーム状になっていく。

 液体は、牛脂とヤシ油に、水と水酸化ナトリウムを加えたもので、「これが、石鹸のもとになるニートソープといわれるものです」と川上喜美夫・副工場長(50)。どうやら、今の牛乳石鹸には牛乳そのものは入っていないようだ、念のため。

 石鹸の作り方は、大きく分けて2通りある。短時間で均一な石鹸を大量生産できる「中和法」と、同工場のような「釜だき製法」だ。

 中和法だったら約30分で出来る工程を、ここでは熟練した職人たちが5~7日間かけて釜の中を見ながら作り上げる。「肌に優しい石鹸を作るためには、手間暇を惜しまない」という心意気が感じられる。

 ニートソープの状態にしたあと、石鹸の形にしていく工程が続く。最後は、棒状になった石鹸が製造ライン上を流しそうめんのように移動し、適当な長さに切り揃えられていく。

 機械で型打ちして牛のマークを入れたら牛乳石鹸の完成。できたての石鹸は、普通の石鹸よりも柔らかい感じがして、まるで「赤ちゃん」のように思えた。

 ピンク箱を売ったことも…

 白い牛乳石鹸をたくさん見ていると、子供の頃、石鹸箱をタオルで覆い、ブクブク泡立てて遊んだことを思い出した。きっと今の子供はそんなことしないだろうな…。

 ちょっとノスタルジックな気分になっていると、川上副工場長が、とっておきのスポットを教えてくれた。

 敷地の一角にある「牛乳石鹸歴史資料館」。残念なことに、一般公開はされていないというが、この際、内部を紹介しておこう。

 建物内に入ったとき、迎えてくれたのがオルゴールのBGM。曲名はもちろん、「牛乳石鹸のうた」。昭和31年、ラジオ番組のCMソングとして作られ、牛乳石鹸の名を全国に知らしめた曲だ。資料館では、歌詞をテーマに制作された3枚の石鹸レリーフが展示されていたが、初めて歌詞が3番まであったことを知った。

 そして、社員ですら初めて目にする人が多いという“お宝”は、初代から9代目までの赤箱パッケージや、53年ごろのテレビCMに起用されていたピンクレディーのポスターなど、牛乳石鹸の原点を物語る品々ばかり。

 さらに目を引いたのは、赤箱でもない、青箱でもない、ピンク箱。岡本一彦・マーケティング部副部長(53)は「ちょうど不景気だった昭和49年、少しでも明るくしようと、赤箱からピンク箱に替えたことがあったんです。すると、売り上げが一気に落ちましてね。これはいけないと51年に赤箱に戻しました」

 真っ赤な箱から白い石鹸が出てくるインパクトが、いかに多くの人々の心をとらえていたかが分かるエピソードだ。

 「♪牛乳石鹸(せっけん) よい石鹸~」。工場から出てくるとき、耳慣れたフレーズを、知らず知らず口ずさんでいる自分に気がついた。今度また牛乳石鹸、使ってみようかな。

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