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USJ「ハリポタ」投資450億円の勝算 「米映画」こだわり捨てた決断
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USJ入場者数推移
4月18日、大小の尖塔(せんとう)がそびえる欧風の荘厳な城がライトアップされ、夜の闇に浮かび上がった。米映画テーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」(USJ、大阪市此花区)。人気映画「ハリー・ポッター」の新エリアの一端がその姿を現したのだ。
「7月15日、オープン」。城を前に、安倍晋三首相の口から開業日が発表されると、招待客ら約700人が歓声を上げた。民間企業のイベントに首相が訪れるのは異例。キャロライン・ケネディ駐日米大使も駆けつけ、「世界のUSJ」を印象づけた。
傍らで感慨深げに眺める一人の男。USJの運営会社ユー・エス・ジェイのマーケティング本部長で、新エリア導入を進めた森岡毅執行役員だ。「ようやく始まった」。潤んだ瞳はすでに先を見つめていた。
森岡氏は、ユー・エス・ジェイのグレン・ガンペル社長が平成22年、米日用品大手プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)から引き抜いた。USJは、ハリウッドの常識をそのまま持ち込み、大阪府の許可量を超える火薬を使うなど数々の不祥事やアトラクションの陳腐化で来場者数が低迷していた。ガンペル氏は反攻に転じる上で、P&G時代に多くのヘアケア商品をヒットに導いたマーケティングの手腕に期待した。
森岡氏が入社後すぐに出会ったのが、米ユニバーサル・オーランド・リゾート(フロリダ州)で開業したばかりの「ハリポタ」エリアだ。アトラクションを体験したとき、隣の少女が感動のあまり号泣する姿に衝撃を受けた。「関西以外から客を呼び込む切り札」と直感した。
「絶対に許さない」。新エリア導入を提案した森岡氏に、ガンペル氏はこう言い放った。それも当然だった。USJの年間売り上げ規模の800億円超に対し、投資額は450億円。無謀にみえるのはしかたがない。
それでも直感は揺るがなかった。原作本や映画が世界的にヒットした「ハリポタ」だが、注目したのはむしろ日本での人気だ。映画全8作の観客動員数は延べ7800万人。本はベストセラー作品に名を連ねる。
リアルタイムで楽しんだ世代が親になって子供に本を読ませ、DVDなどを一緒に見るため「経年劣化しにくい」(森岡氏)のだ。
名作「E.T.」のアトラクションでさえ、原作本などはなく、次第に感動が薄れて開業10年を待たずして姿を消した。それだけに、すぐに劣化する半端な映画アトラクションをいくつもつくるより投資回収は効率的と判断した。
ただ、問題は身の丈を超える投資額。開業までは、限られた資金で利益を上げる必要がある。薄氷を踏む思いの中、森岡氏はある結論にたどり着いた。それは「米映画だけ」へのこだわりを捨てることだった。
社内で宣言すると大問題になったが、森岡氏は「映画をいつも見る人はほぼ約1割。そこを取るため9割をあきらめるのは非効率」と押し切った。映画にこだわるより、超一流のエンターテインメントによる感動にこだわる方針転換だ。
そして国内で絶大な人気を誇る漫画「ワンピース」やゲーム「モンスターハンター」のイベントを開催。若者向け映画のアトラクションが多く、子供が楽しめないというイメージを払拭するため24年にハローキティやスヌーピーなどをテーマにしたエリア「ユニバーサル・ワンダーランド」を開業し、家族連れの取り込みに成功した。
後ろ向きで乗るジェットコースターも森岡氏のアイデアだ。既存のレールを使い、乗り物部分を開発するだけで費用を抑えた。ただ単なる思いつきではなく、人間の本能が最もスリルを感じる後頭部からの落下を体験してもらうという発想がヒットにつながり、ピーク時は最大9時間待ちとなった。
大胆な戦略転換が功を奏し、25年度の来場者数は約1050万人に上り、開業直後の13年度以来2回目の1千万人超えを達成した。
立命館大経営学部の石崎祥之教授(観光学)は「スピード感と話題性があり、かつ綿密に計画された手法だ。新エリアも成功する」と断言する。とはいえ、切り札を集客につなげる勝負はここからだ。USJには「ハリポタ」ですら通過点でしかない。
USJは来場者数のV字回復を果たした。低迷から復活までの挑戦と、今後の戦略に迫る。