愛知県豊田市。18日に開かれたトヨタ自動車労働組合の定期大会で鶴岡光行執行委員長の発言に注目が集まった。
トヨタの春闘が相場に影響を及ぼすからだけではない。前日(17日)に労働組合の中央組織である連合が来年の春闘で「2%以上」のベースアップ(ベア)を要求するとの基本構想を発表したからだ。
今年の春闘で求めた「1%以上」に1ポイント積み増した平成10年以来、17年ぶりの高水準。定期昇給(定昇)を加えた賃上げ率は実に4%以上にのぼる。トヨタ労組も2年連続で賃金改善分(ベアに相当)を求めるのか-。
「上部団体の方針や物価動向などを踏まえ、地に足のついた議論を進めていく」。慎重に言葉を選びながら話した鶴岡氏だったが、それでも一部のメディアは『来年もベア要求を検討』と報じた。もちろん、トヨタ労組も自動車総連、全トヨタ労働組合連合会が今後決める方針の下、議論を深めるだろうが、ことはそう簡単ではない。
SMBC日興証券の宮前耕也シニアエコノミストは「連合の要求は常識的に難しい」と指摘。2%以上という目標もさることながら、何よりも2年連続のベア要求に企業の多くは難色を示すだろう。
「清水の舞台から飛び降りる覚悟で、今年はベア要求を受け入れた。もう一度、飛び降りろというのか」。ある製造業の幹部はこう嘆く。社員の賃金水準を底上げするベアは、固定的な人件費を増やすことになる。2年連続となれば同じ率でも必要な金額は増えるわけで、「業績好調の企業でも2年連続のベアは相当厳しい」(財界関係者)。
春闘の構図は今年、劇的に変わった。昨年9月に政府と労使の代表らを集めた政労使会議が始まり、デフレからの脱却による「経済再生」を最大テーマに掲げる政府が企業に異例の賃上げを要請した。
経営環境や収益実績に即して労使が議論し、支払い能力に基づいて賃金を決めていた従来の春闘に、今年は「社会的な意義」「社会的責任」が加わり、それらがクローズアップされた。集中回答日の前日には甘利明経済再生担当相が「業績が改善したのに何もしない企業は非協力的だ」と発言したほどだ。
安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」効果による円安・株高で、業績が好転しつつあったこともあり、企業側も政府の要請に応える形で相次ぎベア実施を決定。経団連が6月末にまとめた大手企業の賃上げ妥結額(組合員平均)は月額7370円で、10年以来となる7千円超えを実現した。
この構図は、来年の春闘も変わらない。22日の政労使会議で安倍首相は「賃金の上昇がなければ、経済の好循環を生み出すことはない」とさらなる賃上げを求め、「賃金の水準と体系の議論が必要」と強調した。労使、政府のベクトルは基本的にそろっているが、3者の間には濃淡もある。
前期(26年3月期)に続き、今期も自動車、電機など輸出業を中心に業績は堅調に推移している。ただ、4月に実施した消費税率の引き上げ、夏場の天候不順などで個人消費は低迷し、経済指標には下振れの数字が並ぶ。
「連合は過年度物価上昇分などで目標数字を決める。実績で方針を決めることは合理的で、ベア2%以上という目標は労働運動としては理解できる」。前出の財界関係者はこう話した上で、「とはいえ、今春闘では同業他社の動向を重視してベアに踏み切った企業もあったと聞く。景気の先行き不透明感が増す中、来年は足並みがそろいにくいのでは…」と推測する。
ただ、外食産業などは賃上げによって人手を確保しないとサービス、営業が提供できない企業もあり、賃上げ分は価格に転嫁せざるを得ない。内需型産業はグローバルな価格競争力を維持するため、製品の値上げに慎重な輸出産業に比べ、価格転嫁のハードルはまだ低い。宮前氏は「過去十数年をみても、賃上げと値上げが同時にできる数少ない好機だ」という。
物価の安定上昇には賃金の上昇が必要不可欠だ。物価と賃金は一種の均衡関係にあるためだが、それが乖離(かいり)しはじめており、政府、連合は今年以上の賃上げを求め、一方で企業側は慎重な姿勢を貫くのは間違いない。
労組側も経営の内情を把握しているだけに、連合の方針を受けて2%以上のベア要求は出すものの、実際は定昇や一時金、手当の充実などベア以外で「実」を得るという戦術があり得るだろう。賃上げラッシュに沸いた今春闘の再現は現時点で想像できない。