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赤穂浪士の仇討ち後を探る 永青文庫で「忠臣蔵と細川家」展

ニュースカテゴリ:暮らしの余暇

赤穂浪士の仇討ち後を探る 永青文庫で「忠臣蔵と細川家」展

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 12月14日は「赤穂浪士討ち入りの日」。元禄15(1702)年の同日夜、大石内蔵助(くらのすけ)率いる赤穂の浪士らが本所(現・東京都墨田区)の吉良上野介(こうずけのすけ)邸に討ち入り、主君である浅野内匠頭の仇(あだ)を討(う)った事件は、『忠臣蔵』のストーリーでよく知られている。討ち入り後、沙汰が下るまでの間、浪士らは肥後熊本藩の細川家、伊予松山藩の松平家、長門府中藩の毛利家、三河岡崎藩の水野家の4大名家に預けられたという。

 中でも、内蔵助以下17人の身柄は、細川家の白金下屋敷(現・東京都港区)にあった。当主、細川綱利は浪士らの忠義を大いに称賛し、切腹までの49日間、厚遇をもって接したという。その敬意あるもてなしは評判となり、同じく浪士を預かった他藩も見習うことになったとされる。

 仇討ちを果たした後、浪士たちはどう最期を過ごしたのか。その実像にせまる「忠臣蔵と細川家」展が14日から、永青文庫(東京・目白台)で開かれる。

 同展では、細川綱利にあてた浅野内匠頭の書状や内蔵助の自筆書状、細川家で世話役を務めた堀内伝右衛門による「赤城義臣対話」など約30点を紹介予定。内蔵助の最期を描いた「義士切腹之図」(赤星閑意(かんい)筆、明治15年)も展示する。

 平成26年3月23日まで。月休。一般800円。問い合わせは(電)03・3941・0850。

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