SankeiBiz for mobile

【書評】『帰ってきたヒトラー 上・下』ティムール・ヴェルメシュ著、森内薫訳

ニュースカテゴリ:暮らしの書評

【書評】『帰ってきたヒトラー 上・下』ティムール・ヴェルメシュ著、森内薫訳

更新

書影『帰ってきたヒトラー』上巻  ■総統とメディアの共犯関係

 いまもドイツで『わが闘争』は禁書であり、ナチ式敬礼は法律で禁じられている。そこにヒトラーがタイムスリップし、テレビで人気者になり政界復帰する。この取扱注意の一人称小説が大ベストセラー化している。それだけでも衝撃的ニュースだ。

 1945年4月30日ベルリンの地下壕で自殺したヒトラーが「帰ってきた」のは、2011年8月30日である。同じ日、日本では野田佳彦が第95代内閣総理大臣に選出されている。ときに野田首相は54歳、若さに期待が集まった。本書を読みながら、ヒトラーの「若さ」に虚を突かれた。自殺時、つまり復活時のヒトラーはまだ56歳である。フェイスブック愛用の安倍晋三首相より3歳も若い。だからこそ、66年の時空を超えたヒトラーが、ウィキペディアやユーチューブを使いこなしても不自然には思えない。

 この「危険な小説」がドイツでヒットした理由は、ヒトラーを戯画化したからではない。彼の語り口は実にリアルで、人種的偏見の罵詈(ばり)雑言に満ちている。むしろ、本書の批判がヒトラー本人より、ヒトラー・イメージを消費するメディア業界に向けられていることが重要だろう。ヒトラーを発掘して「芸人」に仕立て上げるテレビプロダクションであり、スキャンダル攻撃を仕掛けて逆にヒトラーの知名度を高める大衆新聞である。

 こうした「ユダヤ的」商業主義メディアをヒトラーは「自分と同類」と認識した上で、パブリシティーでの共犯関係を築いていく。ナチズムのメディア戦略を総統の内面から描いて見事である。

 すでに映画化も決まっているが、併せて鑑賞をお薦めしたい映画に『チャンス』(米・1979年)がある。知的障害がある庭師チャンスが、周囲の誤解からテレビ出演して有名になりアメリカ大統領候補になるシリアス・コメディーだ。テレビの有名人(ビッグネーム)を大人物(グレイトマン)と思い込むメディア社会を痛烈に風刺している。本書はそれと真逆である。「極悪人」が、そのステレオタイプを逆手にとって名声を獲得してゆく新手のピカレスク・ロマンといえようか。(河出書房新社・各巻本体1600円+税)

 評・佐藤卓己(京都大大学院准教授)

ランキング