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人生の最期の“意思表示” 事前書面に賛成8割も、作成5%止まり
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人生の最期を思うと、意思表示はしておいた方が良いとは思うが、実際に書面を作るには至っていない。家族の介護負担を思ってか、家で最期を過ごしたいとも言い切れない…。そんな揺れる気持ちが、先月末まとまった「人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書」から浮かび上がった。(佐藤好美)
調査は、一般国民、医師、看護師、介護職に分けてデータを取っており、ほぼ5年に1回行われる。
「リビングウイル」など、受けたい治療や受けたくない治療をあらかじめ書面にしておくことについては、どの職種でも「賛成」が7~8割。だが、実際に作成している人はわずかで、最多の医師でも5%止まり。ハードルが高いことをうかがわせた。
「あなたは人生の最終段階をどこで過ごしたいですか」。5つの状態像について、医療機関か、介護施設か、家かを聞いた。(1)末期がんだが、食事はよく取れ、痛みもなく、意識や判断力は健康時と同様の場合(2)末期がんで、食事や呼吸は不自由だが、痛みはなく、意識や判断力は健康時と同様の場合(3)重度の心臓病で、身の回りの手助けが必要だが、意識や判断力は健康時と同様の場合(4)認知症が進行し、身の回りの手助けが必要で、かなり衰弱が進んできた場合(5)交通事故で意識がなく、管から栄養を取り、衰弱が進んでいる場合。
(1)は国民、専門職とも「家」を望む人が最多で7~9割。(4)は国民、専門職とも「介護施設」が最多で6~8割。(5)は国民、専門職とも「医療機関」が最多で4~7割。
だが、(2)と(3)は一般国民と専門職で結果が割れた。(2)は、一般国民は「医療機関」を希望する人が最多(47・3%)だが、専門職は「家」を希望する人が最多(医師57・5%、看護師66・6%、介護職58・6%)だった。(3)も、一般国民は「医療機関」を希望する人が最多だが、専門職は「家」を希望する人が多かった。
調査結果からは、国民と専門職の間に、医療機関でできること、家でできることのイメージに差があることもうかがえる。報告書をまとめた有識者の検討会では「希望をかなえるには何が必要かという方向で考えることが大切」「自宅や施設以外に、コミュニティーに帰るという概念があってもいいのではないか」などの声が上がっていた。
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昨年末、この欄で滋賀県東近江市の永源寺地区を取り上げた。自宅で亡くなる人が4~5割に上る地域だが、永源寺診療所の花戸貴司医師によると、事前に書面を用意している人はほぼいない。紹介し切れなかったエピソードを交えてお伝えする。
昨年秋、肺がんの男性患者(72)宅で診察を終えた花戸医師は、こう話し掛けた。「抗がん剤でがんを減らすのは難しいと思う。がんがあっても、せきを止めるとか、息苦しいのを止めるとか、痛いのを止めるとかはできると思う」
男性は隠さず話してほしいと求め、淡々と言った。「余命の治療はしてほしくない。歩けんようなったら、できるだけ静かに家にいたい。覚悟もしてますんで」
花戸医師が「最期が近いようになったら、どこで最期がいい?」と問うと、日頃は「家がいい」と言う男性が、こう答えた。「最期は病院がいいかもしれん」
間を置いて、花戸医師が声を掛けた。「おばさんや息子さんには負担がかからんように、ぼくが往診したりとか、ケアマネジャーさんが調整したりとかしてくれると思う」
「そやな、家に居づらいことはないねんけどな。孫が大切にしてくれますねん。病院は隣のベッドが近いから、せきも3回に2回にしとこうと思ったりするしな」
男性の心を見透かしてか、妻が会話に割って入った。「訪問入浴も訪問看護も来てくれるし、できるだけ家で診てもらったらいい。娘も帰ってきてくれると言ってるさかいに、できるだけ家におったらいい」
男性宅ではその夜、同居の息子がベッドの隣に布団を敷いて寝た。親子で「最期をどこで迎えたいか」を話し、約1カ月後、男性は家族に囲まれて家で息を引き取った。
最期に過ごしたい場所を患者に聞くと、最初は「病院で」と答える人が多いという。元気なときも含めて、この質問を何度もする花戸医師は、それを「家族への遠慮から発している」と言う。
「奥さんや息子の嫁に自分の下(排泄(はいせつ))の世話をさせるのは申し訳ない、共働きの息子夫婦に迷惑をかけたくない。だから、皆さん『病院で』と言うのです。しかし、『家族に負担がないようにします』『下の世話はヘルパーに任せてください』『何かあったら診療所にいつでも連絡してください』と説明すると遠慮が薄れ、本音を話してくれます」
核家族や単身世帯では、家での看取(みと)りは困難に見える。厚生労働省は平成24年度に重度の人の在宅生活を支えるため、看護師や介護職が24時間態勢で訪問する「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」を創設した。介護保険の枠内で使う都会型のサービスだ。
だが、25年度に283保険者(市町村)の実施を見込んだものの、26年1月時点の実績は187保険者どまり。本人の希望に添って家での看取りができるかどうかは当面、この普及にかかっている。
花戸医師は看取り体験の薄さもハードルの一つだと指摘する。「身近な人の臨終にすら立ち会ったことのない人がほとんど。中には、病院か施設で看取るのが家族の役割と理解している人も多い。死をタブーにしないことが在宅看取りには必要なように思います」