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がん治療中も登山楽しむ「歩くことは生きること」 登山家・田部井淳子さん(74)
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田部井淳子さん 登山家、田部井淳子さんは2年前、がん性腹膜炎と診断された。手術と抗がん剤治療でがんはほぼ消失し、「寛解」となったが、抗がん剤の副作用とみられる手足のしびれは今も続いている。それでも毎週のように登山を楽しみ、海外の山にも挑戦している。山に行くと元気になる。「歩くことが生きること」と思っている。(文 平沢裕子)
おなかがチクチクし、針でつつかれているような痛みを感じたのが平成24年の2月半ば。近所の胃腸病院に行ったら、「亜腸閉塞(へいそく)かもしれない」との診断。でも、なんか違うなと思いました。3月に講演で福島県に行く機会があり、郡山で泌尿器科医をしている兄に相談したところ、内科医をしている兄の娘婿の病院で診てもらうことに。そこで「大きい病院へ行った方がいい」と言われ、別の病院の救急外来で診察したら、即入院となりました。
この病院の先生は「腹水の中にがん細胞があって、かなり深刻です」。とても若い先生で、ずっとうつむいていて私の目を見ようともしない。どのくらいの症状かを聞くと、「6月くらい…」。そのときは3月だったので、「余命3カ月? いや、それはないな」と思いましたが。
東京のかかりつけ医に相談して、結局、がん研有明病院に入院。検査していただいた結果、「今は良い薬があるので、5月半ばには『あれはなんだったんだ』ということになるかもしれませんよ」と言われました。この言葉を聞いた途端、食欲が出てきて、それまで8日間ぐらいほとんど食べられなかったのが病院の食事を完食しました。
私は乳がんを患ったことがあり、今回のがんが乳がんの再発か、腹膜が原発なのか分からないとのことでした。腹膜がんならステージは3C期。治療は抗がん剤を12回やって手術をし、さらに12回の抗がん剤をやる、とのことでした。
抗がん剤治療は毎週木曜日。5回目頃から、だるさや脱毛、しびれなどの症状が出ました。でも、毎週のように山には登っていました。足を持ち上げるのもしんどいのですが、家で寝ているよりは山の空気を吸って新緑を目にし季節を感じた方が気分がいい。一歩一歩はつらくても、「歩いているって生きていることだな」と思えました。
手術とその後の抗がん剤治療を終え、12月には寛解と言われました。でも、抗がん剤の副作用で出たしびれは今も残っています。手足が常にしびれている感じで、太ももやひざの裏もだるい。お札を数えたり、ボタンをはめたりするのが難しい。なんか変な感じなんですよ。包丁も危なくて持てないので料理ができない。少しずつは良くなっていますが、治療前と同じというわけにはいかないですね。
体質も変わったみたいで、すごく寒さを感じるようになりました。体を極力冷やさないようにして、風邪をひかないように、絶対無理はしない。夜遅い食事はしないようにして、パーティーに出ても早く切り上げ、生活のリズムを狂わせないようにしています。睡眠が一番大事なので、眠れないときは睡眠剤も利用しています。
また、17年前にさまざまな職業の女性たちで山歩きを楽しむ会を結成したのがきっかけで、11年前にシャンソンを習い始めました。交流のあるメンバーで一緒に歌っていたのですが、そのうち、「コンサートをしよう」ということになり、年に数回、コンサートを開いて歌う活動もしています。ボイストレーニングをしたり、歌の先生の所に通ったりと、山登りとは別の楽しみがある。今、病気で治療中の方も、自分なりにわくわくどきどきするものを見つけるといいと思う。
私はもう70歳を過ぎたし、やりたいことはやったな、と思っていたので、がんと聞いても落ち込むことはありませんでした。でも、生きていることはやっぱり楽しい。次にどこの山に登ろうかを考えるだけでわくわくする。まだ行っていない所に行きたいし、一度行った所もまた行ってみたい。これからも自分のペースで楽しく突き進んでいければ、と思っています。
たべい・じゅんこ 昭和14年、福島県三春町生まれ。昭和女子大英米文学科卒。女性として世界で初めて、50年にエベレスト、平成4年に7大陸最高峰の登頂をそれぞれ達成。今も年に数回、海外登山に出かけ、68カ国の最高峰を登頂。20~40代女性のための山の会「MJリンク」呼び掛け人。著書に『それでもわたしは山に登る』(文芸春秋)、『山の単語帳』(世界文化社)など。