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雪は天から送られてきた手紙である 中谷宇吉郎からのメッセージ 松岡正剛
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
1週間ほど前、東京にけっこうな雪が降った。ちょうど降り始めたときに仕事場の窓から外を眺めていた。すぐに屋上に上がった。ここは周囲に高い建物がなく、世田谷360度が見渡せる。雪は螺旋(らせん)を描きながら、ぼくを包んでいった。「今日の雪は本気だな」と思った。たちまち中谷宇吉郎の『雪』の最後の一文、「雪は天から送られた手紙である」にまみれた。なんだか嬉しくてしょうがなかった。そこで、言いたいことがある。
寺田寅彦を読んだことがないのなら、日本人をやめなさい。中谷宇吉郎を読まないで自然科学者になろうとするのも、やめなさい。そういう科学者はオペレーターにしかなりえない。それから、名文と謎の解き方と機知を感じたいなら、ゲームなんてやらないで寺田寅彦を読みなさい。次から次へと自分がヒューリスティック(発見的)になっていくのが実感できる。でも、もしも雪の美しさに名状しがたい浪漫を感じているのなら、これは何をさておいても中谷宇吉郎を読みなさい。
中谷が雪の結晶の研究を始めたのは、東京帝大で寺田寅彦の指導のもとX線や気体吸着にとりくんだのち、イギリス留学をはたして北大の助教授になった1930(昭和5)年からである。それからはひたすら雪三昧、厳寒の北海道の低温実験室に籠もるようにして世界初の人工雪の生成をなしとげた。
中谷の随筆は“科学の心”そのものが文章になっている。でも、浪漫に満ちている。それらを読んで感心したら、ぜひとも石川県片山津の中谷宇吉郎「雪の科学館」に行くといい。雪の不思議のいっさいと中谷のダンディズムが待っている。雪を自分で作れるようにもなっている。
ところで、中谷が日本の科学映画のパイオニアだったことは、あまり知られていない。1938(昭和13)年、肝臓ジストマで療養せざるをえなくなったとき、翌年から『スノー・クリスタルズ』を作成すると、戦後になっても『霜の華』『大雪山の雪』などの記録映画を次々に製作した。このときの「中谷研究室」プロダクションがのちの岩波映画製作所の母体になったのである。
この本は最初は岩波新書の赤版だった。ぼくがド・ブロイの『物質と光』とともにどきどきしながら最初期に買った岩波新書なのだが、いまは文庫版になっている。本書の中身は中谷がとりくんだ雪の結晶をめぐる研究実験の成果の一部始終をのべたものだけれど、随所にわれわれの想像力を刺激する片言隻句が顔をのぞかせる。冒頭に江戸後期の鈴木牧之による『北越雪譜』(ほくえつせっぷ)が引かれているのも、懐かしい。そして最後の1ページが次のように結ばれるのだ。「雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。そしてその中の文句は結晶の形及び模様という暗号で書かれているのである。その暗号を読みとく仕事が人工雪の研究であるということも出来るのである」。
中谷宇吉郎の門下生に樋口敬二さんがいた。中谷雪氷学の最大の継承者で、北大や名大で地球科学全般の研究をされ、退官後は名古屋の科学館の館長を長らく務められていた。ぼくはこの樋口さんに中谷学の真骨頂を教わった。それは『科学の方法』の集約でもあった。中谷が勧めるのは、第1に自分が気になる「謎」をもつこと、第2にその謎の範囲を広げすぎないこと、第3に或る現象と別の現象のあいだに関係を発見しようとすること、第4にその関係を図示しようとしてみること、第5に研究範囲とはべつに科学する心をうんと広くもつこと、だ。樋口さんは、このことを「暗号を読み解くための字引をつくるのが、中谷宇吉郎の科学の方法だった」と言ってくれた。
中谷のことも、雪のことも、雪の結晶の種類も、その美しい写真も、有名なナカヤ・ダイヤグラムのことも、すべてわかるように編集された軽快な一冊。片山津の「雪の科学館」が構成した。諸君が想定するよりずっと幻想的で立体的な結晶写真が収められているので、それを見るだけでも必見だ。きっと魂が奪われる。中谷は氷点下15度くらいになってからゆっくり降り出す雪が好きだった。その理由を知りたかったら、この本を読むといい。中谷の科学的な美意識がわかってくる。冒頭に『冬の華』からの引用が飾られている。「いつまでも舞い落ちてくる雪を仰いでいると、いつのまにか自分の身体が静かに空へ浮き上がっていくような錯覚がおきてくる」。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS (動画))