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どんな人間にも「暴走」したいことがある 『ガルガンチュアとパンタグリュエル』の包容力 松岡正剛

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どんな人間にも「暴走」したいことがある 『ガルガンチュアとパンタグリュエル』の包容力 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 きのう1月25日、古稀を迎えた。ほんとうは迎えたなんてものじゃなく、勝手に70歳になったにすぎないのだけれど、実は若気の至りのわが27、8歳の頃、「70になったら暴走族!」などと嘯(うそぶ)いていて、そのことを周囲の連中がおぼえていたようで、「松岡さん、いよいよ70歳ですね。暴走族ですね」としきりに囃したてるのである。いつのまにかその70歳になっていたのもショックだが、さあ、松岡さん、これからこそ出番ですよと煽られるのも、妙なものである。

 いや、いまさらナナハンを駆って暴走族ができるわけがない。あえて言うなら「深層で暴走するかなあ」と思うばかりのこと、それならぼくも「深走族」くらいにはなれるのだろうと思いつつあるのが、昨日今日なのだ。

 ルネサンス後期の16世紀、古今東西の世界文学史上、いまもって最高最深最大の「暴走」をテーマにして途方もない作品をつくった男がいた。フランソワ・ラブレーである。日本語訳文庫本で5冊になる大作『ガルガンチュアとパンタグリュエル』を書いた。それも晩年の53歳になって書いたもので、この男はそれまでは敬虔(けいけん)な修道院の僧侶や司祭であって、またリヨンの市民病院の医者だった、解剖学にも詳しかった。それが突如、暴走したのだ。

 主人公は2人の巨人。ノートルダム寺院の釣鐘を軽々とぶらさげるほどの大巨人ガルガンチュアと、その息子で、やたらに塩をまいてみんなの喉を乾かしてしまうので“のどカラカラ王”と呼ばれた巨人パンタグリュエルだ。この2人の巨人とその仲間の冒険とが大作の中でつながっている。そういう前代未聞の荒唐無稽な物語だ。

 この大作、ともかく物凄い。めちゃくちゃな筋書きなのに博識無比である。随所にスカトロジー(糞尿趣味)をまきちらしているのに、どこを切ってもヒューマニズム(ユマニスム)に充ち溢れている。矛盾だらけなのにセイトンだらけ、世の中の俗物に対する痛烈な批判だらけなのに、すこぶる人生訓に富んでいる。こんな奇っ怪な読み物はほかにない。だからこそ、のちのモリエールもバルザックも、ジャン・コクトーもボルヘスも、大江健三郎も井上ひさしも、心の底から傾倒してしまったのだ。

 20世紀最大の文芸批評家ミハイル・バフチンが「世界文学はラブレーとドストエフスキーに尽きている」と言ったのも宜(むべ)なるかな。この大作はわれわれ人間の知能と行動が出会えるすべての可能性を秘めたポリフォニー(多声性)の、母型中の母型なのである。大半の人間の感情と思索がすっぽりと入ってしまい、そこから出てくるときは別のものになっているという、超文芸的な「クラインの壺」なのだ。

 しかし、やっぱり『ガルガンチュアとパンタグリュエル』は世界一の暴走文学なのである。どんな登場人物もたいてい弾き飛んでいる。だとすれば、「70になったら暴走族!」と言ったぼくとしては、この大作こそ古稀に紹介するのにふさわしいものだったということになる。「千夜千冊」1533夜にも紹介したので、併せて読まれたい。

 【KEY BOOK】「ガルガンチュアとパンタグリュエル」第1の書(フランソワ・ラブレー著、宮下志朗訳/ちくま学芸文庫、1365円)

 ラブレーは1483年にフランスのロワール川の流域の町に生まれ、40代までは修道僧だった。ただしその間、あらゆる古典に通じ、エラスムスをはじめとする多くのユマニスト(人文主義者)の文章を堪能して、博覧強記になっていた。第1の書は『ガルガンチュア物語』とも言われ、この大巨人の生い立ちが語られる。

 【KEYBOOK】「ガルガンチュアとパンタグリュエル」第2の書(フランソワ・ラブレー著、宮下志朗訳/ちくま学芸文庫、1470円)

 ガルガンチュアの息子の「のどカラカラ王」パンタグリュエルを主人公とした物語。家臣のパニュルジュとの珍道中が主な流れになっているのだが、随所に想像できるかぎりの世界の構成要素が織り込まれる。ラブレーは第1の書の最終章に描いた「テレームの僧院」という理想システムを、手を替え品を変えて議論したいのだ。

 【KEY BOOK】「ガルガンチュアとパンタグリュエル」第3の書(フランソワ・ラブレー著、宮下志朗訳/ちくま学芸文庫、1575円)

 パニュルジュの結婚問題が持ち上がり、この世の議論という議論を次々に通過していくという、異例の展開になる。プラトンの対話篇のラブレー的仕様変えと見てもいい。ぼくがラブレーを読んだのは大学2年の渡辺一夫訳だったが、この第3の書で挫折した。いまではこの「議論という世界」の編集法に感嘆している。

 【KEY BOOK】「ガルガンチュアとパンタグリュエル」第4の書(フランソワ・ラブレー著、宮下志朗訳/ちくま学芸文庫、1890円)

 パンタグリュエルの一行がインド方面に大旅行をして、数々の奇妙キテレツな風習と出会い、ついに徳利明神の御宣託に出会うという物語。のちのガリヴァー旅行記が真似をした。これまで秘めていた教会批判が爆発的な笑いとともに放たれ、その奥から人間社会は「深い寛容」によって充ちるべきだという思想が響いてくる。

 【KEY BOOK】「ガルガンチュアとパンタグリュエル」第5の書(フランソワ・ラブレー著、宮下志朗訳/ちくま学芸文庫、1680円)

 ラブレーが死んだのちの1564年に出版された。そのためラブレーの草稿に別人が書き加えたものではないかとも言われる。結論。ともかくもこの大作は世界最大の暴走作品だ。それも並大抵ではない。よほどの覚悟をもって読まないと、突き放される。だからこそ古稀を迎えた者として、本書を奨めたのだ。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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