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スローかつ先鋭的なモダンソウル ルス・コレヴァ
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このコラムで僕が前回ご紹介したアーティストは、ホセ・ジェームス。彼のバンドでドラムを担当しているリチャード・スペイヴンがプロデュースした女性ボーカリストの日本盤がリリースされる。その名はルス・コレヴァ。資料によるとブルガリア出身で、幼少の頃からアスリートの父に帯同し、世界を旅する中でミュージシャンを志すようになったという。
2012年には最年少でブルガリアの音楽賞を受賞。ボビー・マクファーリンとコラボレーションを果たし、スティービー・ワンダーの前座を務めるなどしてキャリアを重ねてきた。なんとビヨンセのマネジャーも大絶賛するという才能の持ち主で、DJの間でも去年リリースされたシングルが発売直後から話題になっていた。
その音楽性は、エリカ・バドゥ系のR&Bに、アンビエントミュージックやブロークンビーツ(変則リズムを導入したイギリスで一世を風靡したダンスミュージック)を組み合わせたスローかつ先鋭的なモダンソウル。透明感あふれる歌声がハイセンスなドラムサウンドや近未来的なキーボードの上で浮遊するように積み重なり、独特な世界が構築されている。黒人音楽の影響を受けながらも、ヨーロッパ特有の繊細な歌唱法が相まったクロスオーバー感覚は、音楽をインテリアのように楽しむ高感度なリスナーに受け入れられるに違いない。
もちろん、ルス・コレヴァの音楽そのものが素晴らしく、その経歴を抜きにしても純粋に楽曲のクオリティーの高さで語るには十分な存在ではある。しかし、やはりその出身地に興味を持たないわけにはいかない。多くの日本人にとって国名から食べ物以外のものを想像するのが難しいこの国から、ワールドワイドに支持される音楽がリリースされたことはニュースとして取り上げるに値するのではないだろうか?
ブルガリア独自の音楽は、トルコやギリシャといった近隣国の影響を受けているといわれているが、そもそもトルコやギリシャの音楽性を理解している日本人は決して多くないはずだ。日本の現代ポップミュージックに古典的な音楽性を見いだすことが難しいのと同様に、彼女の音楽からブルガリアの伝統音楽のDNAを明白に聴き取ろうとすることなどナンセンスなのかもしれない。仮に無意識的な旋律の影響を分析できるとしても、世界を旅してきた彼女にとってそれは重要ではないような気がする。
むしろ、東ヨーロッパという音楽的にはアメリカやイギリス、さらには日本の後塵を拝していた地域から先進国にまったくひけを取らない音楽がリリースされる時代の到来を祝福すべきではないだろうか。2007年に欧州連合(EU)の一員となった時には加盟国中最貧国で、今も決して経済的には裕福と言えないブルガリアに彼女のアルバムを通して日本国民の関心が高まることを僕は夢想している。
前出のリチャード・スペイヴンが来日した際に、ルス・コレヴァのことが話題になったのだが、何でも彼女は、僕やリチャードが作っている音楽、ブロークンビーツやクラブジャズ(踊れるジャズとジャズに影響を受けたダンスミュージックの総称)を10代の頃に聴きあさったらしい。ブルガリアにその手の音楽シーンはなかったものの、ネットを経由してイギリスや日本の音楽に慣れ親しんでいたそうだ。
これは、彼女が物理的に世界中を移動していただけでなく、インターネットで世界中の情報を入手できていたことが、彼女の音楽性の基盤になっていることの証明になるだろう。彼女は旅の経験のみならず、世界を網羅するWORLD WIDE WEBに接続することでその意識を解放していたのだ。
先日、自分のラジオ番組でルスの楽曲をかけたところ、早速フェイスブックにメッセージが届いた。僕の東京の友人がツイッターで彼女に教えたらしい。しかも、その時彼女はジャカルタにいて、僕のインドネシア人の友人が彼女をアテンドしていた。くしくも同時期にブルガリアのプロモーターからこれまたフェイスブックにブッキングの連絡があり、今年は生まれて初めてブルガリアに行くことになりそうだ。僕のユニット、KYOTO JAZZ MASSIVEのファンであることを公言してくれているルスとコラボの約束もしたので、かの地でレコーディングが実現するかもしれない。世界は僕にとって、ものすごく狭くて小さい。(クリエイティブ・ディレクター/DJ 沖野修也/SANKEI EXPRESS)