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【タイガ-生命の森へ-】「雷に打たれた木があるぞ」

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【タイガ-生命の森へ-】「雷に打たれた木があるぞ」

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雷雨の後、雷に打たれて裂けていたドロノキ=2012年6月23日、ロシア・クラスヌイ・ヤール村(伊藤健次さん撮影)  夏のウスリータイガはよく雨が降る。ザーッと一息に降って晴れあがるスコールのような雨だ。

 ビキン川を舟で遡(さかのぼ)っていると、積乱雲がわき遠雷が鳴り響いてきた。慌てて雨具をとり出し、シートで荷物をくるむ。陽が陰り、大粒の雨が川面に波紋をつくり始める。

 やがて土砂降り。森や川、舟にいる僕らも何もかもが雨に打たれ、まさに濡(ぬ)れネズミの様相だ。それでも狩小屋が遠ければ、とにかくそこまで舟を走らせなければならない。

 だが雨に潤った両岸の木々が息を吹き返し、タイガに瑞々(みずみず)しい生命力がみなぎってくるのを見ると、半ばやけっぱちになりながらも、大きな自然の呼吸に立ち会っているような爽快な気分になってくる。

 そして河原で焚(た)き火をしている猟師が「チャイ ピーチ(お茶を飲んでいけ)」と誘ってくれる武骨な声が、天使の声のように響くのである。

 それにしても怖いのは雷だ。稲妻が光って間もなく轟音(ごうおん)が響きだすと、冷や汗がでる。森は巨木だらけだが、川面に飛び出しているのは、どうみても舟の中の僕と猟師だけだからだ。

 バキバキと猛烈な雷鳴のする中をびしょ濡れになりながら進み、何とか狩小屋にたどり着いた翌日のこと。

 「おい、雷に打たれた木があるぞ」

 猟師のワーニャが叫んだ。舟を向けた川岸に、真っ二つに幹が裂けたドロノキがあった。

 ≪激しく気まぐれな野生と向き合う≫

 ひときわ激しい雷鳴が響く時、きっと地上のどこかに雷が落ちているのだろう。だが実際にその現場を見るのは、僕は初めてだった。

 日本の山でも過去に雷に打たれて登山者が亡くなった事故がある。立木や家に雷が落ちて火災になったり、稲妻が部屋を走って電化製品がすべて壊れてしまった話も聞く。一瞬で生きた立木さえ引き裂いてしまう雷の力は、想像以上に激しい。

 そして無数の樹々が立ち並ぶ川辺で雷に当たったドロノキを見ていると、その威力と同時に、何とこの木は運が悪かったのだろうと思った。

 たまたま隣の木より背が高かったのか、あるいはちょうど稲妻が走った先に立っていたのか-。いずれにしても山ほど木があるタイガの中で、どうしてもこの木でなければならない理由はあっただろうか。

 雨上がりのタイガは空気が澄み、樹々の葉が鮮やかに輝いていた。雷に打たれて裂けたドロノキも、周りの木と同じように枝を広げ、天に向かって伸びている。その姿をじっと眺めていると、運が悪かったというよりむしろ、タイガの自然の激しさと気まぐれとを伝える“選ばれた木”のように思えてくるのだった。

 雨が続けば川は増水し、岸に立つ木を次々と流してゆく。樹齢100年を越す大木も、運よく中州で芽吹いた幼木も水の力にはかなわない。雷に打たれた木も隣の木々も、いつかは倒れ川に流されてゆくのだろう。だが無造作に森を離れていった木は、やがて川のあちこちで重なり合い、今度は倒木の森となって魚やカワウソの住み家になるのだ。

 タイガを旅していると、そんな自然のあるがままの“気質”に出会う。

 それこそがこの土地の魅力だ。

 タイガに囲まれた土地で生まれたウデヘの猟師たちは、激しく気まぐれな野生と向き合い、折り合いをつけて生きてきた。それゆえの懐深い優しさが、彼らにはあるように思えてならない。(写真・文:写真家 伊藤健次/SANKEI EXPRESS

 ■いとう・けんじ 写真家。1968年生まれ。北海道在住。北の自然と土地の記憶をテーマに撮影を続ける。著書に「山わたる風」(柏艪舎)など。「アルペンガイド(1)北海道の山 大雪山・十勝連峰」(山と渓谷社)が好評発売中。

 ■ビキン川のタイガ ロシア沿海地方に広がる自然度の高い森。広葉樹と針葉樹がバランスよく混ざっており、絶滅に瀕(ひん)したアムールトラをはじめ、多様な種類の野生動物が生息している。

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