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【iPS細胞】世界初移植手術 高めた安全性 入念準備、実を結ぶ

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【iPS細胞】世界初移植手術 高めた安全性 入念準備、実を結ぶ

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幹細胞培養室での実験を視察する理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの高橋政代プロジェクトリーダー(左)=2013年2月、兵庫県神戸市中央区(共同)  理化学研究所などが12日に実施した人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使った世界初の移植手術。課題だった安全性をさまざまな手法で高めた研究チームの努力と入念な準備が実を結び、万能細胞による再生医療の新たな時代が幕を開けた。

 「理想的な位置に入れる」

 滲出(しんしゅつ)型加齢黄斑(おうはん)変性は、物を見るために重要な網膜の中心部に位置する黄斑が障害を受ける病気。網膜のすぐ下で異常な血管が生じ、網膜に栄養分を供給する網膜色素上皮細胞が傷付き、視力が落ちていく。

 チームは昨年10月、今回の患者に最初の移植手術を行うことを決定。腕から皮膚細胞を採取してiPS細胞を作り、色素上皮細胞に分化させ、これを移植に適した薄いシート状に加工した。

 手術では、麻酔した患者の右目の網膜に小さな穴を空け、患部の色素上皮細胞や異常な血管を除去。ここに縦1.3ミリ、横3ミリの大きさに切り取った色素上皮細胞のシートを針状の器具を使って移植し、正常な細胞に置き換えた。

 高度な技術が求められる既存の眼科手術と同様に眼球内で出血が起きる危険性や、未知のリスクもあったが、手術は無事に終了。執刀した先端医療センター病院の栗本康夫眼科統括部長は会見で「移植した細胞は理想的な位置に入れられた」と語った。

 iPS細胞で初の移植手術が加齢黄斑変性の患者で実現したのは、安全面などで多くの優位性があるためだ。iPS細胞は未分化の細胞が混じると移植後に腫瘍ができる恐れがあるが、色素上皮は褐色のため他の細胞と区別しやすい。万一、腫瘍ができてもレーザーで簡単に除去できる。

 チームはさらに安全性を確保するため、あらゆる方法を取り入れた。iPS細胞は開発当初、がん遺伝子を導入して作られたが、今回は使用せずに作製。細胞の遺伝子に傷を付けない導入方法も採用した。

 細胞の品質を慎重に確認し、山中伸弥京都大教授(52)らの協力でゲノム(全遺伝情報)を解析。安全なiPS細胞の作製や選定に関する最新技術も活用し、国の審査で了承を取り付け移植を実現させた。

 術後10週からが勝負どころ

 チームは今後4年間、安全性を検証し、将来の治療法として有望かどうかを探る。移植は計6人の患者で順次行う計画だったが、11月に施行する再生医療新法の影響で2例目以降の実施は再検討が必要という。

 色素上皮細胞の移植は、視力の劇的な改善は望めない。特に今回の患者は症状が重く、網膜の細胞が大きく損なわれている。ただ、症状の進行が抑えられたり、視力がわずかに改善したりする可能性はある。栗本部長は「術後約10週からが有効性確認の勝負どころ」と話す。

 安全性を確認できれば、将来的には症状がより軽い患者に移植して視力を改善することも検討する。理研の高橋政代・プロジェクトリーダー(53)は色素上皮だけでなく、光をとらえる網膜の視細胞を再生する根本的な治療法にも取り組む計画だ。(SANKEI EXPRESS

 ≪ライバルは夫 網膜再生研究第一人者、高橋政代さん≫

 iPS細胞を使った世界初の臨床研究を率いる理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の高橋政代・プロジェクトリーダーは、網膜再生研究の第一人者だ。

 ライバルで京都大iPS細胞研究所教授の夫、高橋淳さん(52)と一緒に留学していた米国で再生医療研究のきっかけをつかみ、共に実現を夢見てきた。

 1995年に淳さんとともに米ソーク研究所に留学し、神経のもとになる神経幹細胞を研究。その後、体のさまざまな細胞や組織になるサルの胚性幹細胞(ES細胞)から作った網膜の細胞が移植に利用可能であることを確認した。

 だが受精卵を壊して作るES細胞の倫理上の問題や安全性の確保が壁となり、研究は前に進まなかった。

 転機は2006年。京都大の山中伸弥教授がiPS細胞の作製に成功したと報告すると、風向きが変わる。「これなら安全性をクリアできる」。すぐに臨床に向け研究を始めた。山中教授も「全力で高橋政代さんに協力している」と説明する。

 英科学誌ネイチャーで「今年注目の5人」の筆頭に挙げられたが「静かにやりたい」と慎重姿勢を貫いてきた。世界から注目を集める手術に臨む患者に、過度な心理負担を与えたくないという思いがあるからだ。ただ、理研で起きたSTAP細胞問題では自らの研究への悪影響を懸念し、「理研の倫理観に耐えられない」とツイッターで上層部の対応を批判した。

 現在も研究をしながら、眼科医として患者と向き合う。淳さんもiPS細胞を使ったパーキンソン病治療研究で知られており、家での話題は専ら、互いの研究についてだという。(SANKEI EXPRESS

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