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悔しさをパワーに飛躍した渡部選手 萩原智子
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競泳女子200メートル平泳ぎで優勝し、喜びのガッツポーズをみせる渡部香生子(わたべ・かなこ)選手=2014年9月22日、韓国・仁川の文鶴朴泰桓水泳場(桐山弘太撮影)
日本競泳陣の金メダルラッシュに沸いた韓国・仁川でのアジア大会が閉幕した。五輪の中間年に当たる今年は、世界で戦える記録をどれだけ出せるか、勝負どころで勝ち切れるかが、2年後のリオデジャネイロ五輪、6年後の東京五輪に向けての鍵となっていた。加えてチーム内で世界で戦える複数エースの台頭が期待されていた。その期待通り、エース選手たちが各種目でレベルの高い好記録を連発した。
近年の競泳は男子の活躍が目立ち、今大会の金メダルも合計12個のうち男子が8個獲得している。しかし、低調と危惧されてきた女子にも今シーズン、光が差し込んできた。17歳の渡部香生子(わたべ・かなこ)選手が100メートル平泳ぎで銀メダル、続く200メートル平泳ぎでは金メダルに輝き、最終日の疲労がたまっている中で臨んだ200メートル個人メドレーでは、日本新記録で銀メダルを獲得した。4年前の中国・広州でのアジア大会では競泳女子の金メダルがゼロだったことを考えると、個人種目で3個のメダルを獲得する選手が出てきたことは大きな収穫だ。女子にも世界で戦う上での道標となるエースが誕生したことで、周りにも刺激となる。
今シーズン、渡部選手は人が変わったように強くなった。4月の日本選手権では100、200メートル平泳ぎ、そして200メートル個人メドレーの3冠を達成。続く6月のJAPAN OPEN2014では、100メートル平泳ぎで1分5秒88の日本新記録を打ち立て、世界との距離をグッと縮めた。8月にオーストラリアのゴールドコーストで行われたパンパシフィク選手権では、平泳ぎの100メートルで銀メダル、200メートルで金メダルを獲得。国際大会でも安定した強さを発揮した。
彼女が強くなった要因には、さまざまなことが挙げられる。指導者から「辛いときほど、笑顔でいよう」とアドバイスを受けたことで、練習や試合などで安定しなかった気持ちのムラがなくなり、タフな心が身についたという。加えて基礎体力の強化にも取り組んだ。体幹を鍛え、技術的にも水の抵抗が少ないフラットな泳ぎを習得した。こうしたアプローチが実を結び、表情や体格、泳ぎに目に見えて変化が表れた。
しかし、どんなに周りからアドバイスを受けても、自分自身が「変わりたい」と思わなければ、タイムはなかなか上がらない。一体、何が彼女を奮い立たせたのか…。
今春、彼女と話をする機会があった。一番、印象に残ったのは「あの時はもっと強くなって、世界と戦えるようになりたいと思いました」と彼女が言ったときの表情だ。それまで笑顔で話をしていた彼女の顔が一変し一気に険しくなった。彼女の言った「あの時」とは、スペインのバルセロナで昨年開催された世界選手権のこと。200メートル個人メドレーの代表として世界の舞台に臨んだが、自己ベストを更新するも準決勝で敗退。11位という結果に彼女は涙を浮かべた。
15歳で出場したロンドン五輪での準決勝敗退よりも、悔しかったという。「ロンドンは、アッという間に終わってしまいました。悔しかったけど、出られたことで満足もしていました。でも世界水泳は、本気で決勝に残って戦うことを目標にしていたし、いける自信もありました。自己ベストが出ても決勝に残れなくて。本当に悔しかったです」。この瞬間が、今季の活躍へのターニングポイントになったのだと思う。
指導する竹村吉昭コーチも、世界選手権後の変化を感じ取っていた。「香生子自身、足りないことが見えたんだと思いますよ。本人も世界で戦えないと楽しくないでしょう」。悔しさをバネに日本のエースへとはい上がってきたまな弟子の成長を、笑顔で喜んでいた。
私も現役時代、大舞台で大きな衝撃を経験した。世界の大きな壁に何度も何度もぶつかり、跳ね飛ばされ、初めて気がつくこともある。悔しい思いを経験することによって、より強くなれたと感じている。つまずいたときに「もうダメか」と諦めるのではなく、悔しさこそ最大のパワーであり、自身が変われる瞬間であることに気がつけるか。そして、そこから広い視野を持ち、周りからのアドバイスに耳を傾け、実践していけるか。それが大きな飛躍のきっかけになるのだと思う。
来年はリオデジャネイロ五輪を翌年に控え、世界選手権がロシアのカザンで開催される。彼女を強くしてくれたターニングポイントの世界選手権でリベンジを果たすと同時に、五輪に向けて弾みをつけてほしい。さらに一回り大きくなった彼女の泳ぎを楽しみにしている。(日本水連理事、キャスター 萩原智子/SANKEI EXPRESS)