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苦しいときこそ笑顔で乗り切る 萩原智子

 東京都北区にある味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)で4月下旬、日本水泳連盟の「エリート小学生合宿」が行われ、視察に足を運んできた。小学5年生を対象とし、2泊3日の研修を含めた強化合宿だった。

 集合時の受付では、緊張からかほとんどの選手が元気な挨拶をできなかった。実は、小学生の合宿では毎回のこと。緊張をほぐすために、アイスブレーキング(オリエンテーションのようなもの)などを行ってコミュニケーションを図っていく。それでもなかなか大きな声で挨拶をすることが苦手な選手もいたりするのだが、今回は様子が違った。

 世界を目指すトップアスリートが集うNTCには、競泳だけでなく、五輪で競技が実施されるさまざまな種目の選手たちが練習に汗を流し、寝泊まりもしている。

 今回、小学生たちが研修を終えてプールへ移動する際、他競技の高校生アスリートたちとすれ違った。その際、高校生たちは率先して「こんにちは~!」と笑顔で元気な挨拶をしてくれた。小学生たちは、その大きな声に驚いたのか、一度、立ち止まり体が固まってしまったようだった。

 しかし、その直後、何かを思い出したように「こんにちはっ!」と反応した。高校生アスリートたちは、通り過ぎていたのだが、振り返って笑顔を見せてくれた。

 その笑顔を見て、小学生たちの顔が一気に変化した。大きな声を出して挨拶を交わすことが、いかに気持ちの良いことかを、高校生たちが教えてくれたのだ。1回の挨拶で、こんなにも人は変われるんだと、その場にいた私も驚いた。

 明るい挨拶で活気づく

 「こんにちは」。これだけの言葉のやりとりでも、小学生たちは、目には見えないパワーをもらったような、そんな気分になったことだろう。

 人間が発する一言一言で、元気になったり、自信になったり、優しくなれたり、寂しくなってしまったりと、まさに「一喜一憂」する。スポーツの現場に、いつも元気な笑顔と明るい挨拶があふれ、活気づくことで、より高いパフォーマンスを発揮できるようになる-。私はそう信じている。

 すがすがしい表情と元気な挨拶。言葉と表情は、つながっているとも感じている。私の尊敬する指導者の一人から、「心は顔を作り、顔は心をあらわす」という言葉をかけてもらったことがある。明るく元気な表情をしているときは、心も豊かであり充実している。心が豊かなときは、表情も明るく元気になれる。当たり前のことなのだが、とても大切で、素晴らしい相互関係だと思う。

 顔は心の鏡、心は顔の鏡

 4月に行われた競泳の日本選手権では、「心は顔を作り、顔は心をあらわす」を感じさせてくれた選手がいた。100メートルと200メートルの女子平泳ぎ、そして200メートル女子個人メドレーで3冠を達成した17歳の渡部香生子(わたなべ・かなこ)選手(JSS立石)だ。

 彼女は今季、「笑顔」をキーワードに、精神的に大きく成長した。

 以前の渡部選手は、練習や試合などで苦しいことがあると、心の中がそのまま顔の表情に出てしまっていた。そして、練習にムラが出てしまい、集中力も散漫になってしまうところがあったそうだ。そんなとき、指導者がコミュニケーションをとり、「つらい時こそ、笑顔でいよう」と話したところ、徐々に効果が表れたという。練習でも試合でも、表情が明るくなり、前向きに取り組めるようになったのだ。

 その成長を感じたのは、日本選手権で出場した決勝レースの会場に入る時の姿だった。すべてのレースで、彼女はコースの反対側にいる指導者へ向かってニコリとほほ笑む表情を見せた。その笑顔は、一点の曇りもない自信に満ちあふれていた。結果は言うまでもなかった。

 相手の顔を見ることで、その人の心までも見える。「顔は心の鏡、心は顔の鏡」なのだと感じる。いつも笑顔でいることが、決していいとはいえない。しかし、心が沈んでいるときに笑顔を見せることで、変われることがあると思う。つらいとき、苦しいときこそ、笑顔で乗り切る。それが自分で自分を成長させるチャンスにもなると思っている。(日本水連理事、キャスター 萩原智子/SANKEI EXPRESS

 ■はぎわら・ともこ 1980年4月13日、山梨県生まれ。身長178センチの大型スイマーとして、2000年シドニー五輪女子200メートル背泳ぎ4位、女子200メートル個人メドレーで8位入賞。02年の日本選手権で史上初の4冠達成。04年にいったん現役引退し、09年に復帰。子宮内膜症、卵巣嚢腫(のうしゅ)の手術を乗り越え、現在は講演・水泳教室やキャスターなどの仕事をこなす。

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