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医療の限界と尊厳死 大和田潔

 「“11月1日に死にます”尊厳死を予告…脳腫瘍の米女性、揺れる思い “いずれ、そのときは来る”」と、尊厳死を選んだ米西部オレゴン州のブリタニー・メイナードさんのことが産経ニュースで報道されました(2014年11月1日)。彼女は、自分の言葉で自分の意思と考え方を動画サイトに投稿していました。それを見た人々の心には、いろいろな波紋が広がっていました。その後、実際に11月2日に安楽死がもたらされたことが報じられました。

 脳裏に浮かんだのは、生きたくても生きられなかった方、辛くも命が救われた方、彼女と同じことをおっしゃっていた方や、残された家族の人々のさまざまな言葉や表情でした。厚生労働省の仕事でお会いしたことがある徳永進先生から、「野のはな通信」がクリニックに時折とどきます。医療機関でありながらさまざまな人々の終(つい)の家といった風情の診療所の様子が、先生や職員の方の絶妙な筆致で伝えられます。私はひとり、診療後にしみじみと読みふけっています。

 ジャーナリストの立花隆さんが「死は怖くない」と語っています(週刊文春2014年11月6、13日号)。この中で、彼は安楽死を決して否定していませんでした。もし激しい苦痛が継続する死に至る病(やまい)にかかり、それを解決する方法を人類が手にしていないのなら、死を選択するのも一つの解決方法だろうと。

 メイナードさんは、末期の脳腫瘍で抑えることのできない疼痛(つう)に悩まされていたとのことです。安楽死が法的に認められているオレゴン州に移住し、夫と最後の旅行をしたり、彼の誕生日を祝ったりしました。その後、家族に見守られながら大好きな曲に包まれて旅立っていったとのことです。絶え間なく襲ってくる死まで続くだろう痛みは、経験している人にしかわからないものです。

 命を慈しむ心を持つ人々が痛みを共感し、一緒に何とか解決してあげたいという気持ちがわき上がるのも自然なことです。同時に、人間が成し得ることの限界を痛感せざるを得ない局面にも遭遇します。「無機物になってしまう火葬より樹木のそばに埋めてもらって自然に還(かえ)るのがいいかな」という立花隆さんの言葉が心に染みます。(秋葉原駅クリニック院長 大和田潔/SANKEI EXPRESS

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