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【仏紙銃撃テロ】「何者も恐れぬ」覚悟の最期 編集長、挑発姿勢で物議

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【仏紙銃撃テロ】「何者も恐れぬ」覚悟の最期 編集長、挑発姿勢で物議

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1月7日、米ニューヨークのユニオンスクエアでは、シャルリー・エブド紙の銃撃事件で犠牲になった編集者や風刺画家たちの目の拡大写真を手にした人々が、卑劣なテロ行為を糾弾した=2015年(AP)  12人が死亡したフランスの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」の銃撃事件で、フランス捜査当局は7日、容疑者3人の身元を特定。うち18歳の容疑者1人が7日夜にフランス北部の警察に出頭し、身柄を拘束された。一方、最初に銃撃されて死亡したシャルリー・エブドの名物編集長で風刺画家のステファン・シャルボニエ氏(47)は、イスラム教に限らず、宗教上のタブーに踏み込むことも辞さない挑発的な編集姿勢でしばしば物議を醸し、賛否両論を巻き起こす存在だった。最近の言動からは、常に身に危険が迫っているのを自覚していることがうかがえ、半ば覚悟の壮絶な最期だったともみられている。

 強烈風刺で発禁

 仏メディアによると、シャルリー・エブドの前身の月刊紙「アラキリ」(日本語のハラキリの意味)は1960年に創刊され、左派の過激主義が売りだったが、60年代に2度発禁処分となった。70年にもシャルル・ドゴール元大統領(1890~1970年)の死去をちゃかした表現に絡んで発禁処分になり、名称を変えて再出発。現在のシャルリー・エブドを使うようになった。販売不振から81年にいったん休刊したが、92年に再開した。

 発行部数は3万部程度(公称約4万5000部)だが、読者に強いインパクトを与える1面の風刺画はパリでは有名で、最近は発行を続けるため寄付を呼び掛けていた。

 「敵意あおる」批判も

 シャルボニエ氏は約20年前から編集スタッフに加わり、2009年に編集長に昇進。「シャルブ」という愛称で呼ばれ、「何者をも恐れない挑発的な姿勢」(知人)で知られた。

 本領を発揮し、11年11月にイスラム教の預言者ムハンマドに関する記事を風刺画と共に掲載すると、パリの編集部事務所に火炎瓶が投げ込まれ全焼。ウェブサイトも海外からサイバー攻撃を受け、編集部員らは脅迫された。しかし、1年もたたぬ12年9月には、フランス政府の自粛要請を振り切って再びムハンマドの風刺画を掲載、何事も笑い飛ばすという風刺の旗を降ろすことはなかった。

 報復を恐れたフランス政府は在外公館や学校、文化施設を閉鎖。当時のローラン・ファビウス外相(68)は、シャルリー・エブドの編集方針を「火に油を注いでいる」と公に批判したが、シャルボニエ氏は「シャルリー・エブドはフランスの法律を順守している新聞だ。われわれにとってムハンマドは必ずしも神聖な存在ではない」とひるむことはなかった。

 タブーに果敢に挑もうとするそうした姿勢に、言論の自由を体現する存在とみて称賛の声があった一方、不必要に敵意をあおっているとの批判も出ていた。シャルボニエ氏の古くからの友人は仏メディアに「非礼であるということにおいて、彼には限界がなかった。何も恐れるものがなく、時としてブレーキが必要なほどだった」と振り返った。

 暗殺リスト掲載

 こうした中、シャルボニエ氏は11年11月からフランス警察の保護対象者となり、常にボディーガードが付くようになった。13年3月からは、国際テロ組織アルカーイダの「暗殺標的リスト」にも載った。仏紙ルモンドのインタビューでは「いつ死ぬかもしれないので、私は妻も子も持たない。気取った言い方だが、『膝を屈して生きるより、立ったまま死にたい』」と語っていた。

 7日にツイッターで出回ったシャルボニエ氏の最近の風刺画には、過激派メンバーとみられる男の絵の上に、大きな字で「フランスでは相も変わらずテロが起きていない」と書かれてあった。(SANKEI EXPRESS

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