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趙紫陽氏死去10年 名誉回復の道遠く 中国メディア黙殺 当局なお影響警戒
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死去から10年を迎えた中国共産党の趙紫陽・元総書記の自宅を訪れ、遺影に向かい頭を下げる人たち=2015年1月17日、中国・首都北京市(ロイター) 1989年の天安門事件で解任された中国共産党の趙紫陽・元総書記(1919~2005年)が死去してから17日で10年を迎えた。中国の現代史に大きな足跡を残した元最高指導者であるにもかかわらず、中国メディアは趙氏のことをほとんど黙殺している。遺族や支持者らが名誉回復を求め続けているが、回復に向けた中国当局の動きは全くない。当局はいまだに趙氏の扱いに神経をとがらせている。
北京市中心部の富強胡同6号にある四合院は趙氏の自宅。17日早朝から多くの関係者が訪れ、毛沢東の元秘書の李鋭氏や、杜導正・元新聞出版署長など、趙氏と親交があった改革派の共産党古参幹部の姿もみられた。趙氏の側近だったといわれる田紀雲元副首相は花を贈った。
趙氏の自宅周辺の交差点などにはパトカーが待機し、大勢の私服警察官が目を光らせ、訪問客の身分証明書をチェックするなどした。警察に自宅に入るのを阻まれ、花を玄関前に置いて立ち去る人もいた。
趙氏の命日には例年、民主化活動家や陳情者らが集まり、警察官ともみ合い拘束されるなどしていたが、今年の訪問客は大半が老人で混乱はなかった。ある関係者は「当局の締め付けが厳しくなり、今はほとんどの陳情者は北京から追い出されている。活動家の多くが捕まっているからここに来られない」と話す。
趙氏の次男の趙二軍氏と長女の王雁南氏が来客の応対にあたったが、言葉は少なかった。共産党高級幹部の遺骨は北京郊外の八宝山革命公墓に埋葬されるのが一般的だが、中国当局が趙氏の遺骨の受け入れを拒否しているため、遺骨は今も自宅に安置されている。
趙氏は習近平国家主席の父親の習仲勲元副首相と同じ改革派で、天安門事件の際は習仲勲氏も趙氏と同様にデモ鎮圧に反対の立場だったといわれる。趙氏が2005年に死去したとき、習主席の母親・斉心氏は「子供たちを代表して」花を贈ったこともある。
そのため、12年に習近平指導部が発足した直後、趙氏の遺族などからは一時、趙氏の名誉回復への期待が寄せられたが、状況は今も全く変わっていない。
趙氏に近かったある元党幹部は「趙氏の名誉回復が実現すれば、天安門事件の再評価を求める動きは必ず高まる。いまの共産党政権にはそれだけの勇気はない」と話している。(北京 矢板明夫/SANKEI EXPRESS)