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人命軽視の中国メディア、党幹部の活動重視

 大みそかの夜、上海市中心部の広場でカウントダウンを待つ大群衆が折り重なるように倒れ、36人が死亡し、約50人が重軽傷を負うという痛ましい事故が発生した。

 しかし、翌日の地元の主要紙「解放日報」は、事故についてわずか数行の短い記事を掲載するにとどまった。この日、解放日報の一面トップを飾ったのは「偉大な人民をほめなければならない」と題する習近平国家主席(61)の新年の挨拶だった。挨拶の中身は、特に新しい内容はない。アジア太平洋経済協力会議(APEC)の成功や、南京事件の犠牲者を悼む初の国家追悼日の実施など、習政権の2014年の実績を紹介することが中心だった。一面に掲載された6本の記事のうち、実に4本が習主席に関するものだった。

 大惨事がわずか数行

 インターネットなどには「人の命より指導者の講話が大事なのか」といった批判が殺到したが、すぐに削除された。

 事故の2日後の1月2日、ハルビン市中心部の倉庫で大きな火災が発生。内部に突入した18歳から22歳の5人の消防士が死亡した。翌日、地元当局がメディア関係者に配布した長文の「状況説明」には、「消防士3人死亡、2人行方不明」とだけあり、名前や死因についての記述はなかった。一方で、現場に駆けつけたり、救援の指示を出したりした党・政府幹部の名前と肩書は、詳しく記されていた。

 「火災発生後、黒竜江省共産党委員会、省政府、ハルビン市党委員会、市政府などは大変重視し、王憲魁(おう・けんかい)・省党委書記は自ら現場に赴いた。陸昊(りく・こう)省長は関連部署に対し『迅速に救援、救助せよ』との指示を出した。省党委員会の李海濤(り・かいとう)秘書長、省政府の李顕剛秘書長は現場で陣頭指揮を執った…」

 この後も省の幹部や市党委書記、市長、副市長、宣伝部長、公安局長などの要人が延々と並び、消防署長を含めて現場で指揮を執った人物は10人以上。「指揮する人が多すぎるから現場が混乱し、被害が拡大したのではないか」との感想をもらした記者もいたという。

 当局の「状況説明」をそのまま掲載した新聞もあったが、「殉職した消防士たちが浮かばれない」と、独自の取材で消防士5人の名前と写真を入手、掲載した地元紙もあった。

 「まずは指導者を宣伝」

 中国では一般に、大きな事件や事故が発生しても国営中央テレビ(CCTV)のトップニュースになることはない。指導者の外国首脳との会談や、地方視察などのニュースが優先される。その理由についてテレビ関係者は、「まずは指導者を宣伝しなければならない。同時に暗いニュースを大きく報じると国民の間に不安が広がり、混乱を招く可能性があるからだ」と説明した。

 さらに、事件や事故についての報道でも、「党中央が重視している」「指導者が『全力で救援せよ』との重要指示を出した」といったアピールが中心だ。地震や土石流などの災害時も、テレビや新聞などで最も強調されるのは被災者の惨状ではなく、不眠不休で陣頭指揮を執る党幹部の姿である。

 被災状況よりも、指導者の宣伝を重視する報道姿勢は以前からのものだが、2012年11月に習近平指導部発足以降、メディア統制が強化され、さらに顕著になった。

 外国の災害・事件は特大

 しかし一方で、中国の官製メディアは、外国で起きた自然災害は大きく取り上げるのが通例だ。外国メディアを転電する形で、救援物資不足などの不備や、略奪の発生などの問題点を詳しく紹介する。地震や台風などを紹介する資料映像も日本や欧米のものを使うことが多い。

 事件になれば、この傾向はさらに強くなる。新疆ウイグル自治区などで連続して起きた大量殺傷事件についてほとんど黙殺しているのに、米国で銃乱射事件が起きると、緊急番組や特集を組み、専門家たちが米国の銃社会を批判する。外国の治安の悪さを意図的に国民に印象づけようとしていることは明白だ。

 北京のある人権派弁護士は「インターネットの時代にメディアを通じて世論操作する手法はもう時代遅れだ。自らの統治に対する共産党の自信のなさの表れだ」と話している。(中国総局 矢板明夫(やいた・あきお)/SANKEI EXPRESS

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