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指揮者の動き全てに意味 映画「マエストロ!」 西田敏行さんインタビュー
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「好奇心が仕事の原動力」と語る、俳優の西田敏行さん=2015年1月20日、東京都千代田区大手町(栗橋隆悦撮影) 長い俳優生活で西田敏行(67)がオーケストラの指揮者を演じたのは初めてのことだった。「指揮者とはいったい何をする人なのだろう。まず、そこが僕の出発点でした」。とりわけ恥ずかしがるふうでもなく、むしろ充実感いっぱいの表情で語る姿には、ベテラン俳優のすごみすら漂っていた。
人は年齢を重ねれば、生活環境の変化を嫌うようになり、少しずつ保守化していく-これが凡人が歩む人生の相場といったところだろう。あえて未知の分野に踏み出すには、相当な覚悟が必要であるし、かつて心臓に病を得て休養を余儀なくされた苦い経験もあればなおさらのことだ。では、まもなく古希に手が届く西田が、チャレンジ精神を失わずにいられるのはなぜだろう。
即座に「好奇心」を挙げた。「『この人はどういう人生を歩むのだろう?』、もっと言えば『指揮者はどんな人生観を持って日々生きているのだろう?』。人間に対する僕の興味なんです。かりそめのことではありますが、僕も俳優として指揮者が眺める景色をのぞいてみて、『こういう幸せを感じているんだな』とか、『こういう慚愧(ざんき)に堪えない経験もするんだな』と、少しだけ感じることができましたよ」
西田が指揮者を演じたのは主演映画「マエストロ!」(小林聖太郎監督)で、さそうあきら(53)の人気コミックを実写映画化したものだ。不況のあおりで解散した名門オーケストラの再結成を目指して奮闘する謎の指揮者、天道(西田)と、彼の独創的な指導スタイルに反発を強める元楽団員たちの“真剣勝負”が描かれている。
名門オーケストラの元楽団員たちに再結成の誘いがかかった。練習場となった薄汚い倉庫には、天才バイオリニスト、香坂(松坂桃李(とおり))らベテラン組から、アマチュアのフルート奏者、あまね(miwa)まで、技量も、年齢も、音楽に対する考え方もまるで違う“傭兵(ようへい)”たちが集まった。天道は毎日、とげのある関西弁を連発し、指揮棒代わりに大工道具を振り回し、楽団員をスパルタ式で鍛え上げていた。そんなある日、香坂は指揮者、天道の若き日の挫折に実父が絡んでいたことを知り…。
西田の役作りは半年に及んだ。いくら本を読んで「指揮者の仕事とは何か」を理解しようとしても、イメージが容易に膨らむものではない。西田はオーストリアのヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~89年)や米国のレナード・バーンスタイン(1918~90年)といった20世紀のクラシック音楽をリードしてきた名指揮者たちのDVDを食い入るように見た。「『指揮者は何を見て、何を聞いているのだろう』。自分なりに考えた後、最終的に自分の解釈を加えて演技に臨みました」
また、専門家の指導を受けて見えてきたのは、作曲者が曲に込めた感情を体全体で表現してみせることの大切さだった。「お客さんに対しては、指揮者の背中からある種の言葉、文学をとらえてもらう。指揮者の前に居並ぶ演奏者たちには数学的なメッセージを送り、指揮棒を振る手には哲学を込めるといった具合。指揮者の体全部にそれぞれ意味があるんです。それを演奏者やお客さんに理解してもらったうえで、指揮者は起承転結を語っていく。大変な仕事だなと思いますよ」。上っ面な指揮者のまね事では、とうてい通用しないであろう過酷な役作りを西田は要求されていたのだ。
本作は指導者のあり方を考えるうえで示唆に富むエピソードが満載だ。西田が考える指導者論は天道の手法とはかなり違う。「人に嫌われてはだめでしょうね。そうかといって下に媚(こ)びて人気取りだけに腐心してもだめです。遠望がきく人がいいと思います。例えば『この交響曲を演奏し終えたら、きっと君たちは素晴らしいものを手にすることができるよ』と、下に希望を予感させることができる人。それが指導者に求められる資質でしょうね」。西田は天道が若い頃に経験した挫折の原因はそんな資質の欠如にあると考えている。
若き日の手痛い失敗とはどうお付き合いをすればいいのだろうか。西田は自らの経験を踏まえてこんな心構えを口にした。「若い頃は一生懸命が高じて、道を逆走してしまうこともあるかもしれません。でも、若い頃の大抵の失敗は成功につながると思っていいんです。一生懸命に努力した結果、最終的に何かを得られる-。そういう希望が持てる話であるならば、迷いや失敗は大いにあっていいと思います」。1月31日、全国公開。(文:高橋天地(たかくに)/撮影:栗橋隆悦/SANKEI EXPRESS)
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