SankeiBiz for mobile

【チュニジア襲撃テロ】3邦人の遺体帰国 犯人1人なお逃走 全容解明急ぐ

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSの国際

【チュニジア襲撃テロ】3邦人の遺体帰国 犯人1人なお逃走 全容解明急ぐ

更新

チュニジア襲撃テロ事件の犠牲者の遺体が成田空港に到着した=2015年3月24日午後、千葉県成田市・成田空港(三尾郁恵撮影)  日本人3人を含む外国人観光客ら21人が犠牲になったチュニジア博物館襲撃テロから25日で1週間。容疑者らが周到な犯行準備を進めていた実態が明らかになる一方、犯人グループのうち1人は依然逃走。治安当局は過激派組織「イスラム国」の関与も含め事件の全容解明に全力を挙げている。

 日本人3人の遺体が24日、悲しみの帰国を果たした。

 事件で亡くなったのは埼玉県狭山市の宮崎チエミさん(49)と遥さん(22)の親子、東京都荒川区の成沢万知代さん(66)。

 地元メディアによると、治安筋は24日までに、射殺されたジャベル・ハシュナウィとヤシン・ラアビディ両容疑者が事件の20日ほど前から博物館周辺を下見、近くのバス停やカフェに長時間滞在していたと述べた。ハシュナウィ容疑者は犯行の24時間前にも現場を訪れており、警察官の数やシフトの交代時間など、警備態勢を入念に調べていたとみられるという。

 地元紙アッシュルークによると、警察当局は前日17日までにテロの可能性を示唆する情報を入手し、18日朝から博物館と近接する議会の出入り口の警備を強化。だが、警備を解除した1時間以内に事件が起きた。

 ベジ・カイドセブシ大統領(88)はCNNテレビに、両容疑者が自爆の用意をしていたと明らかにした。大統領によると、両容疑者のほかに現場から1人が逃走。身元は明らかにされていない。

 大統領は実行犯グループが国際テロ組織アルカーイダに近いとされるチュニジア最大の過激派アンサール・シャリアの所属だと指摘。一方、西部の山岳地帯を拠点とし、昨年9月にイスラム国への支持を表明したとされるイスラム過激派「ウクバ・イブン・ナフィア旅団」との情報もある。

 専門家によると、旅団はアンサール・シャリアの分派ともいわれており、実態は不明だ。犯行声明を出したイスラム国が、実行犯に実際に指示を出していたかどうかも明らかではない。(共同/SANKEI EXPRESS

 博物館襲撃テロで犠牲になった東京都と埼玉県の女性3人の遺体が24日、民間航空機で成田空港に到着した。警視庁と埼玉県警の合同捜査本部は今後、司法解剖して詳しい死因を調べるなどして捜査を本格化させる。

 3人のほかに都内在住の男女3人が負傷しており、捜査本部は帰国後に当時の状況などを聴き取る方針。

 事件は18日正午すぎ(日本時間18日夜)に発生。武装集団がチュニジアの首都チュニスのバルドー博物館で銃を乱射、観光客を人質に取り、日本人3人を含む外国人観光客ら計21人が死亡、40人以上が負傷した。治安部隊が突入し、武装集団の2人を射殺した。

 ≪死んだふりで…ベルギー人男性生還 妻は犠牲に≫

 チュニジア博物館襲撃テロで4発の銃弾を受けながら、死んだふりをして九死に一生を得たベルギー人男性がいる。電気技師のガブリエル・ベルファイさん(61)。一緒にいた妻は射殺される悲劇に見舞われた。ベルファイさんは24日までに、首都チュニス市内の病院で「こんなことはもう起きてほしくない」と重い口を開いた。

 妻のイルダさん(61)と博物館の見学ツアーに参加していたベルファイさんが異常に気づいたのは18日の昼ごろ。遠くで銃声が聞こえたが、ガイドは「よくあること」とツアーを続けた。しかし、間もなくカラシニコフ自動小銃を持った若い男2人が姿を現し乱射を始めた。銃撃から逃れようとベルファイさんらは、数人のツアー客とバルコニーに隠れたが、間もなく犯人に見つかった。

 「犯人の一人は、私の前にいた女性の頭に銃を突きつけると、躊躇(ちゅうちょ)なく撃った。即死だった」。「今も鼻の奥にその時の火薬の臭いがこびりついている」というほどの距離だった。

 ベルファイさんは慌ててバルコニーから走って逃げたが、左右の脚にそれぞれ2発ずつ銃弾を浴びた。混乱の中、妻を見失い、自分は廊下の壁にもたれ、首を下げて死んだように装った。「この悪夢はいつか終わる」と念じながら1時間近くが過ぎたころ、警官が到着、ようやく生還できると確信した。「近くにいた日本人の中年女性は、緊張と安堵(あんど)の落差のためか嘔吐(おうと)していた」という。

 運ばれた病院では当初「ベルギー人の死者はいない」と聞かされたが、翌日医師の一人が、犠牲者のものという装飾品を持ってきた。「妻のネックレスだった。すぐに妻が死んだと分かった」。振り返る声が震えた。

 ベルファイさんは妻の遺体を見なかった。「美しい思い出だけを抱えていた方が良い」という医師のアドバイスに従ったためだ。妻の死因は、頭部への至近距離からの銃撃。「苦しむことはなかったと思えることだけが救いだ」。こう話したベルファイさんは事件から1週間を前に、妻の遺体と共にひっそりと帰国の途に就いた。(共同/SANKEI EXPRESS

ランキング