SankeiBiz for mobile

【勿忘草】子供揺さぶる物語

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSのトレンド

【勿忘草】子供揺さぶる物語

更新

児童文学作家、松谷みよ子さん(1926~2015年)=2010年10月(共同)  子供のころに読みふけった本というのは、その後も心の底にじっと残って、自分の基礎を作ってしまうところがある。私の場合、それが2月に89歳で亡くなった松谷みよ子さんだった。1969年に書かれた『ふたりのイーダ』を読んだときの静かな衝撃は、子供の気持ちを揺さぶり続けた。

 テーマは原爆ながら、歩くイス、洋館、日めくりカレンダー…と出てくる人、モノはファンタジーのよう。それなのに底に流れるのは、哀(かな)しみと死。静かな形で死をまとった物語は初めてで、戸惑いながらひかれた。

 『ふたり-』の挿絵を描いた司修さんは、産経新聞に掲載された松谷さんへの追悼寄稿で「児童文学に『死』をもちこんで、少年たちと共に語りあう場を示された」と書いた。そう、子供にとっては、死を語る人も場もなかったのだ。死はタブーだった。私は松谷さんの物語で死と生、そして戦争を学んだ。

 松谷さんは静かに闘った人だ。物語は声高ではなく、居丈高でもなく、静謐(せいひつ)で、落ち着いていて、それなのに、いや、だからこそ、すっと読者の心に忍び込んでくる。

 静かな闘いは続いた。87年には、いじめをテーマにした『わたしのいもうと』を出した。いじめを受けた少女がずっと苦しみ、命を落とす。松谷さんが受け取った一通の手紙に書かれた実話が基になっている。

 衝撃的な内容が、淡々とした言葉でつづられる。「いもうと」が遺(のこ)した言葉が胸に刺さる。

 「わたしを いじめたひとたちは もう わたしを わすれて しまった でしょうね」

 文章に、直接的な怒りの言葉はない。しかし、しばらく立ち上がれないほどの重さに打ちのめされた。怖い、とさえ感じた。

 『わたしのいもうと』を授業で読んでいる学校もあると聞く。先日の産経新聞「談話室」にピアノ教師の方の投書が掲載されていた。ピアノの教え子が学校の道徳の授業で先生に読んでもらったそうで、教え子は「最後に泣いちゃった」と話してくれた、という。

 松谷さんの物語は、いつの時代でも子供を揺さぶる。その存在の大きさを改めて痛感する。(小川記代子/SANKEI EXPRESS

ランキング