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ペインタリーで新境地開く 「山口晃展 前に下がる 下を仰ぐ」
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国際的にも評価の高い人気画家、山口晃が、水戸芸術館(茨城県水戸市)で、個展「山口晃展 前に下がる 下を仰ぐ」を開いている。カンバスに油彩で描いた大和絵、浮世絵風な作品で知られる山口だが、今回は、油絵本来の“ペインタリー(塗り主体)な作品”も登場。新境地を開く展覧会だという。
不思議な副題「前に下がる 下を仰ぐ」の意味を、本人に尋ねてみた。
山口いわく「過去を見て後ずさる(下がる)ことでしか前という方向には進めない。踏みしめている足跡の下は何なのか見えない。その上に何が広がっているか、足跡よりも周りを見て、見えない部分を類推する」。
禅問答のようで、しっかり理解はできないが、言葉全体から感じられるのは、彼一流のバランス感覚だ。山口の中には、空間と時間の座標軸、そしてたぶん、日本美術と西洋美術の座標軸も存在するのだろう。その軸の中で、自分の立脚点をいつも確認していることだけは間違いなさそうだ。
例えば山口の描く時空を超えた寄せ集めの絵画も、その絶妙ともいえるバランス感覚から生まれてくるのではないか。
「百貨店図 日本橋三越」のように金雲がたなびく俯瞰(ふかん)図に、現代人と侍が、自動車と牛馬が、ビルと社寺が混然として描かれる山口の絵には、不思議な統一感がある。山口の絵を見ると、過去と現在そして未来が、日本(アジア)と西洋の文化が混然となっている社会こそが、私たちの現代社会であることにいまさらのように気づく。破綻せずに組み立て、描き切る力を持つ希有な画家が、現れたということなのだろう。
山口は、幼いころから、広告の裏に一つだけでなく、いくつもいくつも絵を描くような少年だったと振り返っている。今回の展覧会では、大画面の絵の部分(パーツ)として組み込まれている小品の絵が展示されているほか、日ごろ思いついたアイデアや注意点を書き記しているメモも公開されていて興味深い。それだけいつも山口は考え、描き続けているのだ。
会場にはおなじみ、劇画のような「無残ノ介」「続・無残ノ介」、不思議な建築物ともいえるインスタレーション「忘れじの電柱」も展示してある。
さて、目玉のペインタリーな作品は? と探すと、記者向けの内覧会が開かれた2月20日現在、まだ会場で制作中だった。
山口は自著「ヘンな日本美術史」の中で自分の絵について触れている。「私は子供のころから絵の具をたくさん使わないで、すごくケチケチ塗っていました。ちょっと出しては伸ばしてという感じで、絵の具をべちゃっと濃く使える人が羨(うらや)ましくてしょうがなかった」。一方で日本画の場合、不用意に色を差すと、微妙なバランスが崩れるという。
油彩で「日本画」を描いてきた山口は、ペインタリーな絵を描くことについて、「あまり絵づくりについて真剣に考えてこなかった。いま、まっとうなスタートラインに並んでみるかな、ということです」と自嘲気味に話した。
この記事が出るころには完成しているはずだという。読者はぜひ、会場で新境地の作品を味わってほしい。(原圭介、写真も/SANKEI EXPRESS)