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人間の本性が「怪物」を生む 「幻想の系譜 ゴヤからクリンガーまで」

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人間の本性が「怪物」を生む 「幻想の系譜 ゴヤからクリンガーまで」

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マックス・クリンガー《「ブラームス幻想」2_昔の恋;時の歯車;歌曲「昔の恋」ブラームス作品番号72-1》1894年(提供写真)  【アートクルーズ】

 市民革命や産業革命、科学の進展によって価値観が大きく変動した18世紀末から19世紀末。理性や合理性では説明できない奇怪で不思議な世界を表現しようとする潮流が美術や音楽のジャンルを超えて広がった。神奈川県立近代美術館鎌倉別館(鎌倉市雪ノ下)で開かれている「幻想の系譜 ゴヤからクリンガーまで」では、収蔵品の版画約70点を中心に、受け継がれた幻想の世界を読み解いている。しかし、幻想の系譜は過去のものではなく、今でも伏流水のように、社会そして現代人の心の奥底に流れていることにも気づくだろう。

 今回の目玉は、マックス・クリンガー(1857~1920年)の「ブラームス幻想」(1894年)だ。クリンガーは「手袋」シリーズなどで知られる画家・版画家・彫刻家。その不思議で、不安をかき立てるような幻想的な作風は、シュールレアリスムの先駆とも言われた。

 ヨハネス・ブラームス(1833~97年)の60歳の記念に贈ったとされる「ブラームス幻想」は、楽譜に版画を組み合わせた、両面刷りの作品(全37面)。会場では、作品を表裏両面から見られる展示の仕方をしているほか、楽譜のあるブラームスの歌曲など6曲を実際にヘッドホンで試聴できる。

 すべての版画が必ずしも曲のイメージに合わせてつくられたわけではないが、悲しく、憂鬱で、どこか不穏さも交じる一部の曲に通じるものがある。

 神話、宗教を超えて

 およそ100年後のクリンガーまで影響を及ぼしたフランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828年)は、版画によって幻想の世界の扉を開いた先駆者と言えるだろう。

 「戦争の惨禍」「闘牛技」「ロス・ディスパラーティス」と並んで「四大版画集」と呼ばれる「ロス・カプリーチョス(気まぐれ)」(1797~98年)の「彼女は飛び去った」には、グロテスクな怪物らしき3人(匹)の背の上で、浮遊する女性を描く。女性の顔は、ゴヤの愛した「アルバ女公爵」に酷似するという。「飛び去った」とは、愛情の喪失(失恋)を意味するとの説がある。

 ゴヤは宮廷画家となるが、病気のため40代半ばで聴力を失った。フランス革命をへてナポレオンがスペインに攻め込み、戦禍を目の当たりにする。その後の自由主義者を弾圧する専制政治を避けるように、晩年はフランスに亡命した。多くの辛酸をなめただろうゴヤの作品には、世の中の矛盾や、人間の残酷さ、醜さに対する不信が色濃くにじんでいる。

 怪奇や不思議を題材にした作品はゴヤ以前にもあったが、多くは、ギリシャ神話やキリスト教など宗教に基づくものが多かった。ゴヤの作品が明らかに違うのは「近代人としての目覚めから始まっている」(朝木由香学芸員)ところだという。ゴヤのロス・カプリーチョスを評価してやまなかったフランスの詩人、シャルル・ボードレール(1821~67年)は、作品に登場する怪物たちを「人間らしさがしみついている」と表現した。つまり、怪物たちは人間の本性(本質)から生まれているのだ。

 ゴヤを礼賛する「ゴヤ頌」(1885年)をつくったオディロン・ルドン(1840~1916年)も、幻想の系譜を受け継いだ。晩年にはパステル画を描いたものの、色彩を主役にした印象派が最盛期を迎える1860~70年代から、ルドンは内省的な「黒」の世界に没頭する。黒を基調とする版画は、まさに怪奇や空想、闇の世界を描く手法としてふさわしかった。英国のエドワード・ブルワー=リットンの怪奇小説をもとにした「幽霊屋敷」(1896年)や、ボードレールの詩集「悪の華」を題材にした作品が展示されている。(原圭介/SANKEI EXPRESS

 【ガイド】

 ■「幻想の系譜 ゴヤからクリンガーまで」 今月22日まで、神奈川県立近代美術館 鎌倉別館(神奈川県鎌倉市雪ノ下2の8の1)。一般250円。月曜休館。(電)0467・22・7718。

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