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【大相撲】夏場所 壮絶かわいがり 果たした恩返し

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【大相撲】夏場所 壮絶かわいがり 果たした恩返し

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横審稽古総見で白鵬に「かわいがられた」砂まみれの逸ノ城(いちのじょう)=2015年4月29日、東京都墨田区・両国国技館(今井正人撮影)  さながら泥人形のようだった。土俵の砂が全身にこびりつき、汗で流れてまた砂にまみれる。何度土俵に転がったろう。

 体重207キロのおもちゃを与えられたように、横綱白鵬はモンゴルの後輩、逸ノ城(いちのじょう)を両国国技館の土俵上で翻弄した。4月29日、横綱審議委員会稽古総見での一幕である。

 無料公開で行われた館内には約7000人の観客。「稽古はじめなので、とにかく汗を流したかった」という余裕の白鵬は、逸ノ城を指名して9番を取り、いいように弄んで8勝1敗。

 逸ノ城はぶつかり稽古でも白鵬に転がされ続け、太りすぎの体をなかなか起こせず、場内から失笑が湧くシーンまであった。北の湖理事長も「あれじゃあ、だめ。横綱に泡を食わせるような稽古をしないと」と渋い表情で切り捨てた。

 砂まみれ泥まみれの逸ノ城は疲れ切った様子で「何もできなかった。さすが横綱」とうなだれた。

 角界(かくかい)には「かわいがり」という言葉がある。厳しい稽古で痛めつけ、鍛え上げることだが、時に美名に名を借りた私刑まがいの行為にエスカレートすることもある。この日の白鵬は、本来の意味で逸ノ城を「かわいがった」のだろう。ただし観客の目には、いじめのように映ったかもしれない。

 稽古後の逸ノ城の体には、土俵でついた無数のすり傷や切り傷もあったという。その後も連合稽古などで逸ノ城は白鵬の胸を借り続け、その都度転がされ、生傷を増やしていった。

 角界にはまた、「恩返し」という独特の用語もある。厳しい稽古をつけてくれた先輩力士に対する白星を指すものだ。

 10日に迎えた大相撲夏場所の初日。逸ノ城はさっそく格好の舞台を与えられた。結びの一番での白鵬戦である。

 ≪角界のドラマ 3秒に濃縮≫

 両国国技館に座布団が舞った。結びの一番。自身2度目の7連覇と前人未到の35度目優勝を狙う横綱白鵬の相手は、三役復帰の“怪物”逸ノ城。過去4度の対戦はいずれも歯が立たず、場所前の稽古総見では砂まみれにされた。

 かけられた懸賞は48本。勝てば手取りで144万円。大一番の立ち会いは逸ノ城が気負ったか、つっかけて白鵬が待った。

 2度目はこれが影響してか立ち遅れ気味で、かちあげて突っ張るはずが、いきなり横綱に左上手を取られ、不十分な体勢となった。

 ここで逸ノ城が逆襲に出る。「あのまま右を差していても、いつもみたいになるから思い切って決めにいった」と、浅く入った右手を抜き、そのまま右半身でたたき落とすような突き落とし。「(突き落としは)頭になかった」と、まさかの奇襲にさすがの白鵬もつんのめるように左、右と、土俵に手を着いた。この間、わずかに3秒。

 白鵬が初日に黒星を喫するのは3年ぶり。逸ノ城にとっては5度目の対戦での初勝利。場内は興奮し、投げることを禁じられた座布団が飛び交った。

 審判部への批判問題をめぐってつむじを曲げ、春場所の支度部屋では報道陣の問いかけに答えることもなかった白鵬だが、この日の一番については振り返った。

 「(突き落としの)タイミングがよかった。恩返しをされちゃったね」

 「かわいがり」からの「恩返し」。角界独特の世界をこれ以上ない形で現実のドラマとしてみせたモンゴル出身の両雄だ。白鵬にもかつて、朝青龍という高い壁があり、かわいがられ、恩返しを果たしてきた。

 ここ数年、角界で独り勝ちの様相をみせる白鵬だが、やはりストップをかけるのはこの“怪物”なのか。それとも将来性豊かな関脇照ノ富士なのか。

 いずれも、モンゴル出身。日本の力士も頑張れと言いたいところだが。(EX編集部/撮影:今井正人、今野顕/SANKEI EXPRESS

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