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【上原浩治のメジャーリーグ漂流記】「今日で潰れてもいい」気持ち乗せ全力投球

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【上原浩治のメジャーリーグ漂流記】「今日で潰れてもいい」気持ち乗せ全力投球

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ブルージェイズ戦で日米通算100セーブ目を挙げたレッドソックスの上原浩治投手(左)。サンディ・レオン捕手(右)とハイタッチで喜んだ=10日、トロント(ゲッティ=共同)  投手コーチが解任され、チームも3連敗。シーズン前半の踏ん張りどころといったところか。そんな状況で迎えた5月10日のブルージェイズ戦。3点リードの場面で登板して1回を無失点。今季6セーブ目を挙げることができた。

 日米通算100セーブ

 試合後のクラブハウス。個人記録を語ることは好きではないけど、この日ばかりはそうはいかなかった。日米通算100セーブの節目。100勝して100セーブ挙げた日本人投手は過去に7人しかいないそうだ。巨人時代に112勝33セーブ。2008年からのメジャーで、この時点では通算17勝67セーブというのが内訳になる。先発で100勝した投手に限ると、江夏豊さんと佐々岡真司さんに次いで3人目。通算200勝した人よりもはるかに少ないと考えると、自分としても誇りに思えた。

 試合直後の取材で「現役である以上は通過点としか捉えていないが、うれしい気持ちに変わりはない」と答えた。

 リハビリも焦らず

 今季は、開幕に出遅れてしまった。久しぶりにけがをした左太もも裏が原因だった。チームがフィラデルフィアで開幕を迎えたとき、私自身はまだキャンプ地のフロリダにいた。メジャーリーガーのロッカールームに2、3人しかいない光景を目にすると、さすがに寂しい気持ちになった。

 ただ、気持ちはすぐに切り替えることができた。けがをしないにこしたことはない。だけど、やったものは仕方ない。過去に戻るわけにはいかないのだから、これからどうするかに意識を向けようということ。リハビリは用意されたメニューの通り、慌てないように心掛けて取り組んだ。焦りは禁物。はやる気持ちで状態を悪化させることだけは避けないといけない。

 幸いにも肉離れのような深刻さはなかった。最初は開幕には間に合うだろうぐらいの気持ちだった。リハビリの過程で、開幕には間に合わないとわかってきたので、ならばボストンでの本拠地開幕には間に合わせようと目標をスライドした。

 結果でお返しを

 シーズン開幕時点で40歳になった。どんなに節制して、体の状態に気を付けていてもけがをしてしまうときはある。そのときに、「自分は手を抜いてきたわけではない」と自分自身の問いかけにしっかりと答えられるかどうか。それが大事だと思う。そこが明確だからこそ、「前向きにいこう」と切り替えもできる。

 年齢を重ねて、けがと向き合う気持ちにも少し余裕が生まれた。「疲れがたまっていたので、身体を休ませるためのいい機会だととらえよう」。悲観的にならず、アイシングに電気治療、マッサージを施して、リハビリの時間を過ごした。

 ただ、クローザーとして期待してくれているチームや、支えてくれる人たちには迷惑をかけてしまったという気持ちも強かった。復帰してからは「結果でお返しできるように」と、マウンドに上がっている。

 今季もタフな日々が続く。「毎日の準備をしっかりする。後悔のないように」。そんな心境の中で日米通算100セーブの節目の登板も訪れた。シーズンはまだまだ続く。抑えることもあれば、打たれることもある。相手だって必死だし、メジャーの選手なんだから。真剣勝負なのだ。

 心ではいつも思っている。「今日で潰れてもいいや」。その気持ちが乗り移った全力投球が今の自分のモットーだ。そう、自分にはそれしかない。(レッドソックス投手 上原浩治/SANKEI EXPRESS

 ■うえはら・こうじ 1975年4月3日、大阪府生まれ。1浪して入学した大阪体育大時代に才能が開花。3年時に日本代表に選ばれ、国際大会151連勝中のキューバから白星を挙げる。99年にドラフト1位で巨人に入団。1年目に20勝を挙げて最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率と史上10人目の「投手4冠」を達成し、新人王と沢村賞を受賞する。その後は巨人のエースとして活躍したほか、日本代表として2004年アテネ五輪で銅メダル、06年ワールド・ベースボール・クラシックで優勝に貢献。09年から米大リーグに移籍し、今季が5年目。

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