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戦争が生みだす混沌をエネルギーに 浦井健治、ソニン、岡本健一 舞台「トロイラスとクレシダ」

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戦争が生みだす混沌をエネルギーに 浦井健治、ソニン、岡本健一 舞台「トロイラスとクレシダ」

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「現実的で退廃的、未来がどちらなのかと進む、現代の日本をさしているような舞台」と意気込む浦井健治さん=2015年6月17日、東京都世田谷区(長尾みなみ撮影)  シェークスピアの問題劇の一つとされる「トロイラスとクレシダ」が上演される。紀元前のトロイ戦争を舞台とする群像劇で、敵と味方に分かれた男女の恋愛劇が核となる。その三角関係を演じるトロイの王子トロイラスの浦井健治(33)、神官の娘クレシダのソニン(32)、ギリシャ軍の将軍の岡本健一(46)は、さまざまな意味で「エネルギーを感じていただく舞台」と意気込む。

 「トロイラス」は文学座と東京・世田谷パブリックシアター、兵庫県立芸術文化センターと2つの公共劇場が組む。出演者は総勢26人で文学座から江守徹、渡辺徹、今井朋彦らベテランから若手までの実力派が参加。そこに主演の浦井ら3人と吉田栄作が加わる。「スタッフを含め文学座の皆さんからは学ぶことばかり。化学反応が楽しみ」と浦井。翻訳は小田島雄志、演出は鵜山仁。

 悲劇と喜劇が交錯

 トロイ王(江守)の末子トロイラス(浦井)はクレシダ(ソニン)に恋しパンダラス(渡辺)の仲介で結ばれる。だがクレシダは捕虜交換でギリシャ側に引き渡され、敵地で将軍ダイアミディーズ(岡本)に求愛される。一方トロイ王の長男へクター(吉田)は、戦況を打破しようとギリシャに一騎打ちを申し出る。

 問題作とされるのは、歴史劇と恋愛劇が交錯、悲劇とともに喜劇の要素が読み取れるなど構成が複雑なためだ。過去の上演回数も少ない。ただ小田島は「『人間ははっきり割り切れるものじゃない』という人間観が、最近は広がってきたからこそ面白い」とみる。鵜山も「愛や信義、名誉が崩壊するときにどんなエネルギーを出すか。混沌(こんとん)から未来を探りたい」と話す。

 浦井ら3人は2009年に上演された「ヘンリー六世」で、浦井と岡本は12年の「リチャード三世」でも共演。いずれも鵜山が演出で、3人ともシェークスピア劇には縁が深い。

 浦井はその魅力を「人間を愛らしくみせ、言葉たちが跳びはねている。役者が体を通して立ち上がってきたとき、戯曲が輝くような気がする」としみじみ話す。ソニンは「言葉が詩的で美しい」と憧れる。「人物像を的確に描いている面白さがある」と岡本は言う。

 より人間くさく

 「トロイラス」の舞台、トロイ戦争では女性の奪い合いからはじまり恋愛が戦争の大義名分となっていく。「恋愛に淡泊な若い世代が増えた」とされる現代とは、かけ離れた価値観がある。登場人物は、より人間くさい側面が際立っている。

 「歴史上の争いは土地や金にまつわるものが多い。『ひもとけばその裏に女があった』と突出して描かれている印象。ギリシャ神話で英雄とされるアガメムノンなどが、だいぶ違う見え方をしている」と浦井。岡本は「極めて人間っぽく描かれている。他が取り上げないような部分を描くから問題劇といわれるのではないか」と分析する。

 戦争で出会った男女は極限の状況下でひかれ合い、強いエネルギーを出す。背景をソニンは「いまは娯楽が多いけれど、当時は戦争か、男か女しかない。生命力は一度向かった方向へしか行かなくなる」とみる。浦井は「トロイラスは当初なぜ戦うのか悩んでいた。クレシダへの純愛に希望や癒やし、生きる意味を見いだそうとした。それを奪われて狂い、戦いにとりつかれて相手に立ち向かう。そこには『国のために』という感覚も生まれる。その振り幅も含めて、純粋にまっすぐ演じたい」と話す。

 「約束や誓いを破られたショックと嫉妬は、戦争の原動力になる」と岡本。ダイアミディーズを作品の「情欲担当」とみる。「敵国の女性にひかれて、振り向いてくれた時点でエネルギーが必要になる。その様子は羨(うらや)ましい、滑稽、悲しいなど見る人の五感を刺激する」

 2人の男性の間で揺れるクレシダを、ソニンは「恋に理由はない。今のように女性が強くものを言えなかった時代。若くて、好奇心を抑えられて反発するエネルギーもあったはず。内に秘めた女性の『生きる力』も備えたい」と話す。

 音楽の力、舞台に

 岡本は後輩の浦井、ソニンに上下関係なく接する。自身の1989年の初舞台「唐版 瀧の白糸」(蜷川幸雄演出)で学んだことだという。「稽古場に年齢やキャリアは関係ない。2人ともエネルギーのレベルが普通とは違う。何とか作品をよくしようという貪欲さがある」

 誰よりも早く現場に入り、暇さえあればせりふを練習するきまじめな浦井の台本は、すでに書き込みでぼろぼろだ。直近のミュージカル「デスノート」では実年齢よりはるかに若い高校生役に挑み、地方公演の忙しさもあって数キロ痩せたという。いまは元気に稽古を重ねる浦井は、インターネットもテレビも見ないという岡本を「水面に波風が立っていないように、全てを達観してアナログに行き着いた先輩。男として見習いたい」と話す。

 ソニンはサイトでエッセーを連載。「感情を的確に言葉にするのは苦手。でも文章に書くことはできる」という感性を持つ。「ヘンリー六世」で狂った女性を演じたソニンの形相を振り返る岡本は「ひっぱたかれたら、ひっぱたき返すような遠慮のなさがいい」。浦井の「その勢いに引っぱられる」という声にソニンは思わず苦笑い。

 岡本はバンド活動を並行して続け、浦井とソニンは歌手としても活動するなど3人とも音楽に縁が深い。「音楽が体の中にベースとしてある分のプラスアルファは絶対に舞台に出る。音楽は一瞬にして世界を変える。演劇で同じことをしたい」という岡本の言葉に、2人は深くうなずいた。(文:藤沢志穂子/撮影:長尾みなみ/SANKEI EXPRESS

 【ガイド】

 7月15日から8月2日まで東京・世田谷パブリックシアター。問い合わせはチケットセンター(電)03・5432・1515。地方公演あり。

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