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陰惨だけどチャーミングに演じたい 野村萬斎、中越典子 舞台「藪原検校」
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「前回は体脂肪が7%台まで落ちた」という野村萬斎さん(左)と、「こんな大役をいただけるなんて」と感無量の中越典子さん=2015年2月9日、東京都江東区(中井誠撮影) 狂言師の野村萬斎(48)が盲目の大悪党を演じる「藪原検校(やぶはらけんぎょう)」の、3年ぶりの再演に挑む。江戸時代の階級社会の闇を描いた井上ひさしの傑作で、演出は前回に続き栗山民也、キャストは一部入れ替わり、新たに中越(なかごし)典子(35)らが加わる。悪事を尽くして盲人界の最高位にのし上がっていく主人公・杉の市の一生を、萬斎は狂言師として培った技も生かして演じ、「生きることを考える芝居になる」と話す。
「藪原検校」は盲目で生まれた杉の市が、強盗や殺人など悪事を尽くして盲人界の最高位「検校」襲名披露の直前に捕らえられ、28歳で処刑されるまでの短い一生を描く。初演は1973年だった。
萬斎は「50歳になる前にもう一度演じたかった」と話す。「杉の市の生き急ぐ凝縮された28年の人生に、50年くらいの厚みがある気がした。自分の『人生50年』と杉の市の人生観が重なるのではないかと。60歳になったら(体力的に)無理なので今のうちに、と考えた」
杉の市は実母を殺し、師匠を、その妻で自分の愛人お市(中越)と共謀して殺すなど悪事を尽くす。晴眼者と対等になるには金をかき集め、盲人界で最高位の「検校」になるしかないと考えたためだ。殺しやレイプの場面もあり、動きはかなりハード。「まるでレスリングか体操。前回の公演中、体脂肪は7%台まで落ちた。おそらく今回も」と萬斎は笑う。
これまでに萬斎は、親殺しも登場するギリシャ悲劇「オイディプス王」や、怪奇な容貌で残忍な行為を繰り返しながらも、巧みに人を引きつけて上り詰めていく男を描いたシェークスピアの「リチャード三世」を翻案した「国盗人(くにぬすびと)」を演じた。藪原検校にはこれらの作品の要素もあり「経験が役に立っている」という。
狂言の技では、杉の市が奧浄瑠璃のパロディー「早物語」を披露する場面は見どころの一つ。台本で11ページにものぼる。「いろんな音を延ばして縮めて、という技術が狂言にある。芸達者の世界を描くのが僕の中の近似値でもある」
杉の市にお市ほか、登場人物の生命力はすさまじい。杉の市の悪事には、自分の現状について社会に恨みを持ち、金や性に執着するなど、人間の本質的な欲求を代弁している側面がある。観客には爽快感さえ伝わるが、最後には弱者が生け贄(にえ)になるかのように見せしめとして処刑される。
井上ひさしは物語を痛快なピカレスク(悪漢物語)としてみせて、最後に厳しい現実を突きつけたようにも見える。「現代にも通じるものはあるでしょうね。そこが作品にスケールの大きさを与えている。生きることを考える芝居ではないでしょうか。陰惨だけどチャーミングに演じたい」と萬斎は言う。
そんな杉の市に「色気と生命力を感じる」という中越は以前、井上ひさしの傑作の一つで、栗山が演出した「頭痛肩こり樋口一葉」の舞台を見て感銘を受け、同じ井上と栗山のコンビによる舞台への出演を熱望していた。「まさかこんな大役をいただけるなんて」
お市は前回、秋山菜津子が情念たっぷりに演じた。中越は今回あえて前作の映像は見ず、新しいお市像を作ろうとしている。「杉の市が『初恋の人』だったと思う。女性はまず悪い人にひかれるから(笑)。色気と生命力が魅力だったんでしょうね」
終盤では病に冒されて身を持ち崩すお市。「キラキラした初恋がドロドロになって、執念深いし色っぽさも出てくる。でも少女の初恋は永遠に生きていて、杉の市をいちずに愛する。そんな姿を出せたら」と目を輝かす。
中越が新しい風を吹き込み、前回とはひと味、違ったフレッシュな舞台になりそうだ。こまつ座と世田谷パブリックシアター共同制作。(文:藤沢志穂子/撮影:中井誠/SANKEI EXPRESS)