SankeiBiz for mobile

日本画の素顔をのぞく 「絵の始まり 絵の終わり 下絵と本画の物語」

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSのトレンド

日本画の素顔をのぞく 「絵の始まり 絵の終わり 下絵と本画の物語」

更新

竹内栖鳳「散華_下絵」(1910年頃)。紙本墨画、額装108.3×77.6cm(京都市美術館蔵)。7月18日まで展示(提供写真)  【アートクルーズ】

 日本画の下絵や画稿を集めた展覧会「絵の始まり 絵の終わり」が、武蔵野美術大学美術館(東京都)で開かれている。完成した本画が、いわば化粧をほどこした“ステージ上の顔”だとすれば、下絵や画稿は、作家の苦悩やこだわり、癖などが如実に残る“素顔そのもの”といえる。それはある意味、本画よりドラマチックでさえある。

 伝わる飽くなき努力

 村上華岳(1888~1939年)の「裸婦 画稿」(1920年、20日から展示)は、代表作「裸婦図」(1920年)の画稿と思われる。女性の輪郭は白い胡粉(ごふん)で塗りつぶされ、描き変えた跡をとどめている。とくに顔は真っ白で、表情を何度も描き直した跡が顕著だ。

 村上はこの作品で、西洋と東洋の美の融合、あるいは生身の肉体と菩薩(ぼさつ)の精神性の調和というテーマに挑んでおり、この画稿は、その苦闘を彷彿(ほうふつ)させる。なかでも顔の表情の研ぎ澄ましは、豊満な肉体に負けない精神性を表現する最大のポイントとして、最後まで妥協を許さない作業だったに違いない。

 竹内栖鳳(せいほう、1864~1942年)の「散華 下絵」は、東本願寺の法主から依頼された三門の天井画のために描かれたという。結局、天井画は完成することがなかったが、天女を何度も描き直した跡が生々しい。天女単体を描いた紙をいくつも大きな紙に貼り付けているのは、天女の位置を変えて全体のバランスを調整しやすくしたためだろうか。

 竹内は、この下絵を描く前に、女性に同様のポーズを取らせた素描をたくさん描いており、一つの大作を制作する際の、飽くなき努力を想像させる。

 河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい、1831~89年)も「郭子儀図 下絵」で、何度も紙を貼り直して、人物の衣のひだや表情を描き直している。才能あふれ、反骨精神であらゆる対象に挑んだ暁斎でも、いや暁斎だからこそ、その過程では苦闘したといえるのだろう。

 下絵や画稿で、事前に絵の構図や線を決めていくのは、日本画の特徴だ。生乾きで絵の具をどんどん重ねて塗ることができる油絵と違い、日本画では、繊細な線の間に、混ぜ合わせが難しい岩絵の具を接着剤のニカワを混ぜて置いていくという描法が主流で、やり直しが難しい。

 しかも、とくに昔は岩絵の具が極めて高価だったため、下絵や画稿、それも小下絵や大下絵など何枚も納得いくまで作るのが伝統になってきた。しかし、現代では少し、事情が変わってきているようだ。

 現代は定義も難しい

 展覧会では作家29人約90点を3章に分けて紹介しているが、最後の9人(約20点)は現代作家。すべて日本画学科の出身者だが、作品はクレヨンや鉛筆、インクなどで描かれ、「これが日本画?」と思えるような作品が多い。すでに「日本画」というものの定義も難しくなっているが、武蔵野美術大によれば、日本画学科であっても、教員、学生とも「下絵を描く派」と「下絵を描かない派」に二分しているという。

 今回の展覧会は、絵を学ぶ学生に見てもらいたいと企画したが、一般の鑑賞者でも十分に楽しめる。この企画展を担当した美術資料担当の森克之さんは「狩野派(16世紀)から現代まで、作家たちの格闘の跡を見てほしい。そして日本画ってなんだろうと考えてもらえばいい」と話している。(原圭介/SANKEI EXPRESS

 【ガイド】

 ■「絵の始まり 絵の終わり 下絵と本画の物語」 8月16日まで、武蔵野美術大学美術館(東京都小平市小川町1の736)。20日から展示替えあり。休館日は日曜日、祝日。20日(月・祝)、8月16日(日)は特別開館。入館無料。(電)042・342・6003。

ランキング