SankeiBiz for mobile

「なんちゃって外国食」もっと褒め称えよ 和食には“上から目線”の日本人

ニュースカテゴリ:政策・市況の海外情勢

「なんちゃって外国食」もっと褒め称えよ 和食には“上から目線”の日本人

更新

 今週、イタリアの雑誌ジャーナリストからミラノの寿司店について電話インタビューを受け、「日本人の経営か中国人の経営か、どう見分けるのですか?」と聞かれた。

 イタリア人の友人が「あそこの寿司バーは絶対美味い」と言う時「日本人がやってるし!」と強調する。しかし、「あそこの寿司屋」の多くは日本人の経営する店ではない。

 箸が座った向きに垂直に置いてあれば日本人経営ではない、とか分かりやすいヒントはいくつかある。が、サービスやメニューなど微妙な差異に気づけ、とイタリア人にいうのは無理がある。だいたい日本人以外のアジア人が「うちは日本人の店ですよ」と吹いている可能性もある(←実際、裏をとったことがある)。  

 しかもぼく自身、「ちょっと変なネタの組み合わせだから日本人じゃない」、と思っていたら意外にも厨房から日本語が聞こえてきたこともある。当たり前ながら日本人なら良いというわけでもないのだ。 

 イタリア人も日本人の経営する店の寿司の方が美味いだろうと思っている。一方、今や世界にある寿司や和食の多くの店が日本人以外によって経営されているのは周知の事実である。だから日本人の握る寿司を食べられる確率は低い、ということになる。

 ここで、ふと思い出した。

 海外進出した日本の外食20社以上の経営者や担当者のインタビューを読んだことがあるが、和食の場合、「世界に広がりつつある、いいかげんな『なんちゃって和食』に義憤を感じて進出を決めた」というパターンが少なくない。

 しかし、「正しい和食」ってなんだろう。

 昨年、京都の有名料亭が懐石料理の店をロンドンに出したとのニュースを目にした。だしに使われる昆布のグルタミン酸や鰹節のイノシン酸からなる「うまみ」が使われることを、かの京都の料理人は和食の定義としている。よって「うまみ」は絶対にはずさない。しかし食材はロンドンで調達できるものがメインであり、寿司のシャリにサフランさえ使う。

 日本の一流料理人の懐石として地元紙で賞賛を浴びたようだが、誰が作ったか知らなければ、一見したところ「中国人のなんちゃって和食」だと日本で批判を浴びるかもしれない。

 翻って日本はこれまでフランス料理、イタリア料理、中華料理、インド料理に至るまで「なんちゃって外国料理」をさんざんやってきた。それなのに「なんちゃって和食」を小馬鹿にするってどういう了見なのだろう。どうして上から目線になるのだ。

 イタリア料理のスパゲッティだって調理方法を変えれば中華焼きそばとしても通用する。「○○料理」とは極めて曖昧な境界線上にあると言えよう。 

 だとすれば、この「曖昧さ」を逆に積極的に使うのが良いのではないか。

 日本のラーメンやカレーのチェーンが海外展開している。ラーメンは中国にそれなりの店舗数を出しているが、インドにカレー店を出しているのではない。日本式の西洋スイーツやパンなども出始めている。個人経営は別として、西洋スイーツのチェーンがパリに店を出しているのではない。多くはアジア圏である。 

 だからダメと言うのか?

 そんなことはない。本場発祥の地で勝たないと意味がないのか?という問いにNOとはっきりと答えられることがビジネスでは必要だ。本家本元で成功しないと本物とは言えない、という縛りから解放されることだ。

 スターバックスはイタリアのカフェをシアトルから発信し世界に広まったが、イタリアには一店舗もない。しかしスターバックスを「成功していない」という人はいない。だから「なんちゃって和食」に寛容になっていいのだ。

 もちろん本場で勝ちたいとの志はいつまでも持ちたい。フランス人が行列を作ってでも買って欲しいと思うスイーツを提供したい、という夢は捨てない方がいい。

 しかし、まずは「なんちゃって外国食」を海外にもっと普及させ、各国に何十店舗も展開しているフランスや英国の寿司チェーンを「敵ながらアッパレ」と褒め称えようではないか。それが順序というものだ。

ランキング