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サービス側の満足で終わる“サプライズ” 嬉しいけれど…今はちょっと

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サービス側の満足で終わる“サプライズ” 嬉しいけれど…今はちょっと

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 定宿のホテルでチェックイン時「いつものように日経新聞と加湿器をご用意しておきました」とフロントに言われる。馴染みのバーのカウンターに座る。頼まなくてもいつも同じ銘柄の酒が目の前に置かれる。常連になるとよく受けるサービスだ。

 だが嬉しい半面、「産経新聞が読みたかった」「今夜はほかの酒を飲みたかった」と思うときがある。でも「せっかく用意してくれたのだから、まあいいや」と、言えずじまいで終わってしまう。 

 先日聞いた話では、東京のとあるフランス料理レストランで予約の時に「プロポーズのディナーにしたい、彼女は夜景が好き、ペット好き」など、客の情報をこと細かく聞くそうだ。スタッフは夜景の見える席を用意、彼女のために犬を描いたカプチーノを供し、プロポーズ成功時にはスタッフ全員で「おめでとう」のプラカードを掲げる。

 こういう「お節介系」サービスが注目を浴びている。人から何かの好意をうける。サプライズで祝われる。たしかに嬉しい。

 世界は現在、このテーマに沸いている。しかしフェイスブックではこんな経験をされてはいまいか。

 「あの友達の投稿を最近見かけないな」と思って彼のウォールにいくと、かなりの頻度で書き込みがされている。実際は何らかのアルゴリズムで勝手に「操作」され、彼の投稿が自分のウォールに自動的に表示されてなかったことに気づく。

 こうしてデータシステムが総動員して待ち構えている。個人の情報がどんどんと吸い取られ、思ってもない自分の「希望」を作られる。となると、「それは違う」と感じる。

 さて、ミラノのミシュラン星付きレストランに夫婦で出かけた時のこと。地下にある店で食事をすませ、店員に「ありがとうございます」とあいさつされ、エレベータに乗り込む。二人で地上階に着いてドアが開くと、十数秒前に挨拶したスタッフが目の前に立っていた。そして、「またのお越しをお待ちしています」と外まで見送ってくれた。 

 こちらがエレベータで移動している間、彼女は階段を駆け上ったのだ。

 エレベータの密室という客のプライバシーに入らないことが徹底されていた。サービスのために個人情報を要求しない。無駄に割り込んでこない。そのような態度を感じた。

 ここでサービスをちょっと俯瞰してみよう。

 最近、「実績が全てだ」と盛んに言われるが、それがすべてだと無理がある。そこで今、プロセスとしてのサービスが注目される。当然サービス向上は売上増に貢献するが、数字だけへの「抵抗」や「補完」がサービス重視にはあるように思う。

 アップルが提供するのはiPhoneというモノではなく、ユーザーが快適に生活するためのサービスを売っている。モノではなくユーザーが得る経験が肝で「サービスの質」が重要だと言われる所以だ。

 しかしサービスの強調は、ただ単なる「モノからコト」への重心移動によるだけではないのだ。

 イタリア人がよく語る。「俺たちはロボットじゃない」と。先端技術を利用したモノやマニュアルサービスに対してポツリと吐く。人を相手にするという当たり前のことを忘れた開発への警句だ。逆に言うと、そんなイタリア人に気に入られた先端技術やサービスは、市場に定着する兆候となる。

 他人に自分の過去を覚えていてもらうのは嬉しい。が、今この瞬間に何をしたいかに対して的確に応じてくれる、それが客の満足度を高める。冒頭のエピソードに戻れば「今回もいつもの新聞でよろしいですか?」と聞かれたい。「日経新聞を用意しておきました」ではサービス側の満足で終わってしまうのだ。

 過去のデータに基づいて「サプライズ」をひたすら投げ込むのがサービスではない。データをどれだけ積み上げても、客のリアルな姿は見えてこない。

 客は常に「データにない今の自分」だ。

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