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道路はゴミ箱…共産主義国家の“格差”、「不文明な人々」で覆われる北京 留学生が見たリアル中国(3)
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路上に座り込んで物乞いをする老女。富裕層との〝格差〟は大きい=中国・北京市内 北京に来てまもない昨年9月初旬、地下鉄に乗っていたら、床でモゾモゾ動く何かが視界に入った。
下を見やると、中年のやせ細った男性がほふく前進しながら、喜捨(きしゃ)を求めて車両の通路を移動していた。下肢に障害があるらしい。ジャラジャラと音を立て、小銭の入った缶を手の甲で押して這(は)っていく後ろ姿を、呆然(ぼうぜん)と見送った。
北京の地下鉄では、お年寄りや幼児を連れて、カラオケで歌いながら物ごいをするケースが多い。怪しげなお菓子や冊子を売りつけるパターンもある。小学生らしき男の子を連れたお母さんもいる。平日の昼間なのに、学校へは行かしていないのだろうか。
各国の大使館や外国人向け高級アパートが集まる建国門付近を歩いていたときだった。おばあさんがおなかを押さえて路上に倒れ込んでいて、思わず「どうしたんですか」と声をかけた。すると横に立っていたおじいさんが「40元、40元あれば薬が買えるんだ」。
気温は零下5度、いてつく吹きっさらしの路上で、ひたすら土下座の姿勢で喜捨をこう老人もいる。
中国の都市では、社会のセーフティーネットに引っかかりもしないのであろう人々が目につく一方で、新たな富裕層の姿も際立っている。
知人の中国人女性が大学生だった数年前、官僚を父親に持つ「官二代」の男友達2人と遊びに行ったときのこと。2人は白と黄色のランボルギーニに分乗して迎えに来て、街中でたいそう人目を引いたそうだ。「結局、親の肩書は頑として教えてくれなかったけど」とその女性。
ガルウイングのイタリア高級スポーツカーはさすがに目立つが、ベンツやBMWなどの高級車は、北京の街中では珍しくもなんともない。とても自分で稼いでいるようには見えない、若いお兄さんやお姉さんたちが、普通に乗り回している。
社会格差は拡大する一方なのだが、「社会主義や共産主義はどうなった」とか、野暮なことをいう人は周りにいない。
日本人が中国に来てまずカルチャーショックを受けるのは、衛生観念の違いだろう。首都の北京ですら、「道路はゴミ箱」という地域が多い。内陸部のある都市で、小さな男の子がお菓子の袋を当然のように路上に投げ捨て、一緒にいた母親が何も言わないのをみたときには「少なくとも次の世代までこの感覚は変わらないのでは」と思った。
上海の商店街を歩いていて、3人乗りのオートバイが、目の前でフルフェースのヘルメットを投げ捨てていったこともあった。
「暑いからヘルメットいらねえな」「捨てちゃえよ、どうせ買ったもんじゃねえし」という会話があったかどうかは知らないが、きっとそんな感じなのだろう。
結構な衝撃音とともに捨てられたヘルメットは、近くの商店主が何事もなかったかのように拾っていった。
路上にたんを吐く人は、やはり多い。上海では混雑する地下鉄車内で出稼ぎ風の男性がたんを吐いていたし、滞在先のホテルで、ドアの向こうの通路から「カーッペッ」という声が聞こえたときには、叫びたくなった。
自動車優先、歩行者軽視の交通ルールも日本人、いや外国人には衝撃的だ。交差点では横断歩道の信号が青でも、歩行者は右左折する車に道を譲らねばならない。横断歩道を渡っている人がいても、バスやタクシーは「当たったらお前らの責任」とばかりに突っ込んでくる。
歩行者も歩行者で、律義に信号を守る人のほうが少ない。自らの判断力と運動神経だけが頼りで、道路はまさに戦場だ。
ただ、外国人が多い上海では十数年前に旅行したときに比べて、車がいくらか歩行者を優先するようになっていた。他都市も少しずつ改善していくのかもしれない。
車の急速な普及で、初心者ドライバーが多いのも中国の特徴だ。運転技術が未熟な上に、車線変更ぐらいでは方向指示器は出さないといった具合に、交通ルールは緩い。結果、事故が多くなる。大学周辺の狭い生活圏ながら1週間で3回、事故現場を目撃したこともある。路線バス同士が接触し、運転手が言い争っていたこともあった。
中国政府も、モラルやマナーに欠ける人たちの啓蒙(けいもう)に必死だ。テレビCMや報道、街中の看板などで盛んに、こうした「不文明」な振る舞いを戒めている。
ただ一般的な中国人のモラルがどうしようもなく低く、すさんでいるのかというと、決してそうではない。地下鉄やバスでは必ず誰かがお年寄りに席を譲るし、それは大阪よりも徹底している。北京のバスは運転が荒っぽくて、高齢者は立っていられないことも理由だと思うが…。
どうしようもない人たちがいる一方で、普通の日本人以上に親切な中国人が結構いるのも事実。「文明」の度合いが二極化しているといえるかもしれない。
また、同じ中国国内でも地域差は大きい。中国西南部の四川省成都市を訪れた際には、別の意味でカルチャーショックを受けた。