任天堂3D“3度目の正直”…バーチャルボーイ大コケの過去も (1/2ページ)

2010.6.25 22:15

斬新なスタイルが、逆に敗因となったバーチャルボーイ

斬新なスタイルが、逆に敗因となったバーチャルボーイ【拡大】

ファミコンにも3Dシステムがあったが…

 映画やテレビの世界で3Dがブームになるなか、満を持して発表された任天堂の新型携帯ゲーム機「ニンテンドー3DS」。裸眼で3D映像を楽しめる画期的なシステムは、早くも「大ヒット間違いなし」(専門誌ライター)とゲーム業界の話題をさらっている。ブームに乗って登場したかに見える3DSだが、実は同社は過去に2度も3D戦略で大コケした苦い経験を持つ。関係者は「過去の失敗を踏まえて成功に結びつけたのだろう」と指摘している。

 [事業戦略説明会](下)「3D対応はずっと頭の中にあった」岩田社長

 3DSは来春までに発売される予定。外見は従来のDSとほぼ同じだが、3Dの飛び出すゲームが裸眼のまま楽しめ、強弱を調整できるスイッチが側面に付いている。

 テレビゲームの歴史を作ってきた任天堂ならではの画期的なシステムだが、実は同社の3D戦略はファミコン時代から存在していたのだという。

 ゲーム評論家の府元晶氏は「初期の3D作品で思い出すのは、スクウェア(現スクウェア・エニックス)の『とびだせ大作戦』(1987年)。簡易的な3Dメガネをかけてプレーした。高度な技術を用いた3Dメガネをかけて対応ソフトで遊ぶ『ファミリーコンピュータ3Dシステム』も同年に出たが、ソフト1本分ぐらいの価格で、それだけの金額を周辺機器に払うユーザーは少なかった」と語る。

 その後も任天堂の3Dへの挑戦は続く。95年7月にはファミコンや「ゲームボーイ」の開発に携わった伝説のゲームクリエーター、故・横井軍平氏が、特殊メガネをかけなくても3Dゲームが楽しめる「バーチャルボーイ」を開発、1万5000円で発売された。

 スコープ型の本体に顔を密着させ、のぞき込むようにプレーする。画面は赤の単色だったが、別売りのカセットを入れてマリオを動かし、立体的にテニスなどが楽しめた。発売当初、任天堂は年間300万台の出荷を見込んだが、フタを開けてみれば全然売れず、翌年には製造を事実上停止した。

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