ディー・エヌ・エー創業者・南場智子さん(野村成次撮影)【拡大】
ディー・エヌ・エー創業者・南場智子(51)
〈ディー・エヌ・エー(DeNA)の創業から約12年。ソーシャルゲームサービス「モバゲー」が“全国区”になったころ、夫が病に倒れた。看護のため、平成23年6月に社長を電撃退任した〉
4月下旬の土曜日、検査入院していた夫を病室まで迎えにいって、先生から初めて結果を聞いたんですね。青天の霹靂(へきれき)ってこういうことなんだなって。今までの人生は全部このときのためにあったのかと思った。
それから10日間は会議中でも家族から電話があるとすぐに出ちゃうし、社業がおろそかになった。社長はいつ何時、何が起きても指揮が執れないと無責任。夫の闘病が長丁場になることが分かり、看護に没入したいとも思いました。
私はDeNAを子供のように自分と同一視はしていなくて、後任社長は守安(功・現社長)と決めていました。ひそかに考えていた自分の退任時期まであと1年ありましたが、当時の守安はもう30代後半。早く大舞台で暴れさせたいと思っていたのもあって、このタイミングで交代しようと決意しました。