そこから、関係者の“ランニング漬け”の毎日が始まる。試作品の使用感や記録の正確さを確かめ、それを基に機能を改善するには、「走るしかない」(木本さん)。社員数十人が試作品を装着して皇居を走ったこともあった。
◆機能にこだわり
SE事業室のソフトウエアエンジニア、石井保さんは試作品に入れるコンテンツやアプリを担当。ある時、木本さんが身に着けた試作機に、アップテンポの曲ばかりを入れてみた。木本さんは「必死に速く走れたが、体力は尽きた」と苦笑する。走りながら聞く曲のテンポが、ペースに大きく影響することをみんなが実感。目標の心拍数を設定し、それより低ければテンポの速い曲を、高ければ遅い曲を自動選曲する機能がつくられていった。
渋谷さんらは14年春、6つのセンサーと電池を搭載した端末をつくり、プロジェクトは完成に向け、大きく前進した。小さな端末に配置するため、基板の構成を何度もやり直した結果だ。
しかし、完成目前の同年秋、渋谷さんらのチームを小池さんが訪ねた。
「距離(の計測)ですが、この精度だと厳しい。商品になりません」。走った距離はランナーにとって極めて重要。試作品を着けて約300キロも走った小池さんの言葉には説得力があった。
そこで渋谷さんらは、開発中の技術を前倒しで採用することを決定。自動車向けに最適化されている衛星利用測位システム(GPS)に、ランニングの特徴をきめ細かに反映する仕組みだ。渋谷さんらは再び、深夜まで作業を重ね、ついに製品とトレーニングメニューなどのアプリが完成した。
業績低迷が続くソニー復活の鍵を握るのは、「新しい体験」をもたらす製品だ。石井さんは、「みんなでつくりながら試し、いいと思った機能を入れて、スピーディに世の中に出していく。こういうことができて、会社としても変わっていけるタイミングだと感じた」と話している。(高橋寛次)