病院の患者や、福祉施設の高齢者の健康を育み、楽しみにもなる「食」を支える業界は存続できるのか━給食産業の先行きに懸念が募っている。少子高齢化で利用者は増える一方、管理栄養士や調理師ら現場を担う労働力は縮小する見込み。人材育成や業務の変革を迫られるなか、ヘルスケアフードの“リーディングカンパニー”日清医療食品が産学連携に取り組んでいる。管理栄養士を養成する大学などで、病院食や介護食の調理作業を軽減する配送食事サービス「モバイルプラス」の体験授業を実施。次代を担う即戦力の成長を後押しし、社会課題の解決を目指す。
1人で35人分の調理も
「きょうの主菜は豚肉のポン酢炒め。もう調理は済んでいるので、おいしく食べられる温度まで再加熱し、盛り付けてください」。活水女子大(長崎市)で7月上旬に開かれたモバイルプラスの体験授業。日清医療食品の栄養管理インストラクターが食材の詰まった真空パックを手に説明すると、食生活健康学科3年の生徒15人は真剣な面持ちで耳を傾けた。
この日は主菜のほか、副菜のポテトサラダ、ハクサイの浅漬け、モヤシみそ汁、ごはんの5品各35人分を1班3人の生徒が調理した。普段は食材を切り、味付けをし、炒めるなどの作業に追われる実習だが、主菜班は真空パックから豚肉とパプリカ、アスパラガスをそれぞれホテルパンに開け、蒸気と熱風の出るオーブンで8~10分温めるのみ。食材を混ぜ、盛り付けると35人分が約45分で仕上がった。担当した徳永かほりさんは「作業が短時間で済み、いままでの大量調理の実習の半分の人数でもできると思った。経験を積めば1人で35人分の献立を提供できるぐらい簡単だった」と笑顔で語った。
モバイルプラスは、セントラルキッチンと呼ばれる大量調理の拠点が献立作成から食材発注、下処理、加熱まで一括して受託。調理後の食事は急速冷却してチルド帯に保つ「クックチル方式」で衛生的に管理し、真空パックで配送する。各施設で下処理・調理して、すぐに提供する従来の「クックサーブ方式」と比べ、管理栄養士を効率的に配置でき、作業の軽減や品質の安定、衛生管理の徹底などの利点がある。
「おいしい」「献立の幅が広がる」
このため病院・福祉施設のほか、スーパーや食品メーカーなど多くの企業でセントラルキッチンやクックチル方式の採用は広がる。管理栄養士を目指す学生も国家試験の必須知識として教科書で学ぶが、「大学内の調理室で完結するクックサーブ方式と違って、体験する機会をつくるのは難しい」(同大の芹田千穂助教)。
これに対し、人材育成に力を入れる日清医療食品がモバイルプラスを教材として体験授業を実施、管理栄養士・栄養士約1万人が所属する企業が現場で活用する最新の技術や手法を伝え、将来の職場で即戦力として活躍することを期待する。
実際、体験した学生は新たな方式への抵抗感がなくなり、利点を実感する声が上がった。主菜をつくった一井麻里子さんは「(クックチル方式は)品質が落ちないか不安だったけれど、浅漬けはシャキシャキしていて、みそ汁のモヤシもしっかり食感がある。すごくおいしかった」と声を弾ませる。徳留多江さんは「セントラルキッチン方式は病院や施設で献立を作成する必要がないので、管理栄養士の仕事が減らせるし、自分が考えないようなメニューもあって選択の幅が広がる」と語った。
給食の現場で働くことを目指している小野花梨さんは「行事食や特別な日に(セントラルキッチンのクックチル方式を)利用すれば給食を効率的に豪華に仕上げられるので、食べる人の楽しみにもつなげられる」と胸を膨らませた。
提供能力1日22万食へ
日清医療食品は2001年のヘルスケアフードファクトリー岩槻(さいたま市)設立を皮切りにセントラルキッチンの拠点を広げ、全国5カ所に展開。モバイルプラスは京都府亀岡市の専用工場を中心に、医療版と福祉版の「常食」「減塩」「全粥(かゆ)」「エネルギーコントロール」の計8種を1日約10万食の提供が可能。22年10月には栃木市に建設中の専用工場が稼働する予定で、提供能力は1日最大22万食と倍増する見込みだ。
積極的な展開の背景には、「食」を支える業界の存続に対する危機感がある。管理栄養士は病院の患者や高齢者を対象に、栄養士は健康な人に食事の指導などを行う専門職。本来は献立作成などに特化した仕事だが、病院や福祉施設の現場からは「調理師不足で大量調理のサポートもする必要がある」「食材の発注や棚卸なども手伝う」と人手不足の“しわ寄せ”を指摘する声が上がる。
さらに、いまでも手一杯の給食サービスの現場に、少子高齢化の影響が襲う。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、65歳以上の人口は15年の3387万人から、30年には3812万人と425万人増え、総人口の31.7%を占める。一方で、経済活動の中心になる生産年齢人口(15~64歳)は6884万人と844万人も減少し、人手不足がより深刻になるのは必至だ。
地方の産業を支える
あらゆる業界で人材育成や業務の効率化が求められるなか、日清医療食品は1972年の創業から半世紀をかけて病院食・介護食という新たな食文化を築き上げたリーディングカンパニーとして、産学連携を推進。これまで龍谷大食品栄養学科(滋賀県)や和洋女子大(千葉県)、修文大(愛知県)でモバイルプラスの体験授業を実施、今回の活水女子大では初めて九州に取り組みを広げた。
授業を誘致した芹田助教は「長崎県は少子高齢化に加え、人口流出の割合が高い傾向があるのでこれから人手不足がますます問題になる。しかし、クックチルを利用すれば少人数でも食事を提供でき、管理栄養士が本来の役目に集中できる。従来のやり方だけでは対応できない状況に直面したとき、新たな方法も選択肢の一つとして使えるよう学んでほしかった」と地域課題に向き合う学生への思いを語る。
日清医療食品広報課の山﨑貴洋主任は「少子高齢化が進み地方に残る産業は医療や介護、教育といわれる。地方に残る産業に関わる企業として、いかなる状況でも事業を継続する責務がある。少ない労働力でも食事を提供する一助としてモバイルプラスの普及を進めたい」と力を込めた。
提供:日清医療食品株式会社







































