たばこと健康

    紫煙は口、歯の健康にも脅威

    われわれは、食べて生きている。毎食、自分の歯で噛(か)んで、おいしく食べられることは、何よりの幸せだ。

    たばこの煙に含まれる3大有害物質は「一酸化炭素、ニコチン、タール」である。一酸化炭素は肺で血液中のヘモグロビンと結合し、血液の酸素運搬を阻害する。たばこを吸うと、煙は口から体内に入る。煙に含まれるニコチンは、口から肺に至るさまざまな組織の粘膜で吸収され、血液に溶け込む。ニコチンは血管を収縮させ血流を悪化させるだけでなく、ニコチン依存症を発症させ、たばこをやめにくくする。たばこ事業が「ニコチンビジネス」といわれる理由でもある。

    ニコチンや一酸化炭素により歯を支える組織の血流が悪化して歯ぐきに十分な酸素が供給されなくなると、歯周ポケットの中で歯周病菌が繁殖しやすくなり、歯周病になる危険性が高まる。喫煙者は歯周病にかかりやすく、歯の本数低下につながること、歯周病の治療効果の低いことは、平成16年の「国民健康・栄養調査」などでも報告されている。

    歯周病は歯を失う大きな原因になっており、歯の本数の減少は生活の質(QOL=Quality of Life)の低下に直結する。「8020運動」は、80歳で20本以上の自分の歯を残すことを呼びかける運動である。少なくとも20本以上自分の歯があれば、ほとんどの食物を噛みくだき、おいしく食べられることから、平成元(1989)年に厚生省(現厚生労働省)と日本歯科医師会が提唱して始まった。

    厚生労働省の資料(※)によると、80歳で自分の歯を20本以上持つ人は平成17(2005)年で25・0%であったが、28(2016)年には51・2%に増加している。理由は明らかではないが、喫煙率が男女とも低下したことが歯を残すことに関連しているものと考えられる。社会的健康問題といわれる口臭も歯周病が原因になっているといわれる。

    タールはヤニとして歯に付着する。黒ずんだ歯、黄ばんだ歯は見栄えが悪いだけでなく、細菌も付きやすい。また、タールは発がんの原因となる数多くの物質を含んでいる。国立がん研究センターによると、たばこが鼻腔・副鼻腔がん、口腔・咽頭がん、喉頭がん、食道がん、胃がんなどの原因となっていることは、十分な科学的証拠があるとされている。

    世界保健機関(WHO)の下部組織の国際がん研究機関(IARC)は、発がん物質を「ヒトに対する発がん性の程度」で5つのグループに分類しているが、たばこはグループ1、すなわち最も程度の高い発がん物質と認定している。がんに罹患(りかん)すると、QOLが著しく低下するのは言うまでもない。

    口の中を清潔に保ち、歯周病をコントロールすることで、自分の歯で噛んで食べられる幸せを長続きさせることができる。口の中が汚くなると、誤嚥性肺炎などのリスクも高まる。禁煙は歯磨きと並んで口の中を清潔に保つ重要な手段だ。禁煙支援は歯科医、歯科衛生士の重要な仕事の一つとされている。喫煙者は歯科検診などの際に、禁煙の相談をしてみてはどうだろうか。

    (高崎健康福祉大教授 東福寺幾夫)

    ※「歯科口腔保健に関する最近の動向」(厚生労働省医政局歯科保健課歯科口腔保健推進室 平成31年3月)


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