ときは安元3年4月13日。比叡山の大衆、僧兵の一団は、神輿(みこし)をかつぎ武具もいかめしく、(藤原)師高(もろたか)兄弟の仏教に対する圧政の断罪を迫って「日月も地に落ちるかと思うほどの」大がかりな直訴に及んだ。

平家物語にかかれていることとはちがうが、映画ではこの場面に、実に颯爽(さっそう)と平清盛が登場する。わたしが市川雷蔵をはじめてみたのはこのときだった。眉を太く描き口上も凜々(りり)しかった。
最近、六波羅で清盛の像を見たが、根本中堂の栄光にはかなわぬとおもわれた。(あんの みつまさ=画家、抜粋)