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【朝晴れエッセー】忘れもの・9月25日

今までどれだけ多くの忘れものをしたのかは忘れたが、今も思い出す忘れものがある。

幼稚園のとき、弁当を忘れた。お昼に泣きそうになっていたとき、教室の窓の外に母の顔があった。手に弁当があった。そのときのうれしさ、はずかしさ…。

小学校の家庭科の授業で生卵を忘れた。目玉焼きの実習で、1人1個持ってくるのを忘れたのだ。

私は先生にも告げずに家に飛んで帰った。母からリレーのバトンよろしく生卵を受け取り、一目散に駆けた。

しかし握りしめた生卵は学校を目前にして手の中でつぶれた。そのときの絶望感…。その後のことは記憶にない。

故郷の母が入院した。医者から余命数カ月と知らされた。以来、毎週末に東京から新幹線で母のいる滋賀の病院へ通った。

ちょうど母の日だった当日、妻がカーネーションの花束を持たせてくれた。片手で持てないくらいの豪華な花束だった。

母の喜ぶ顔を思い浮かべて私は新幹線に乗った。そして、米原駅のホームに降りたとき、網棚にカーネーションを忘れたことに気がついた。

電車は遠ざかり、仕方なく駅前のスーパーで小さな花束を買った。それでも母は喜んでくれた。

妻にはそのことは話していない。

今も思い出す忘れものには、いつも母の姿がある。人生をふり返る年齢になって、天国の母から「忘れものはないか」と言われているような気がしないでもない。

草野弥平 69 東京都国分寺市


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