岸田文雄首相が「新自由主義からの転換」を自民党総裁選、衆院選を通して掲げた。画期的である。中曽根康弘首相から始まり、橋本龍太郎首相が加速し、小泉純一郎首相時代にはほとんど全体主義的暴走にまで達し、その後も安倍晋三首相と菅義偉首相に引き継がれてきた教義をひっくり返そうというのだからだ。
大雑把に言うと、新自由主義=グローバリズム=小さな政府―である。その三本柱は規制緩和、自由貿易(ヒトカネモノが自由に国境を越える)、そして緊縮財政だ。この一見すばらしい三本柱により、我が国はここ三十年余りの間にズタズタにされてきた。
規制には悪い規制もあるが、必要な規制もある。規制とはもともと弱者を守るためにある。規制を取り払い自由競争を許せば、強者は勝ち続け弱者は負け続ける。人間の尊厳は完全に平等だが、能力は不平等だからである。ボクシングでヘビー級とフライ級を戦わせないのはそのためだ。規制緩和が貧富の格差を拡大したのはこのためである。格差拡大に関し、小泉竹中政権はトリクルダウン理論、すなわち「富裕層や大企業を支援すると経済活動が活性化され、富が徐々に低所得層や中小企業にまで流れ落ちていく」と、まことしやかに言っていた。現在、ほとんどの先進国において貧富の格差(ジニ係数)は過去三十年間で最大となっていて、トリクルダウンはどこにも起きていない。真っ赤な嘘なのだ。
自由貿易とは元々アングロサクソンの考え方だが、これによりリーマンショックが世界を震撼させ、我が国では安全保障の中核たる食料自給率が低下した。アメリカに押しつけられた株主中心主義により、多くの企業で外資が有力株主となったため短期に成果を上げることばかりが求められ、長期研究投資は抑えられた。その結果、半導体など我が国の誇る製造業は壊滅的打撃をこうむった。株主中心主義とは製造業を潰す毒薬なのだ。賃金より配当ということで、労働者の給料も下落した。二十数年前に世界トップだった実質賃金は、今やイタリアや韓国にさえ抜かれた。
四面楚歌の人格者・岸田首相
我が国は緊縮財政により二〇〇〇年以降、政府支出の伸びも、実質GDP(国内総生産)の伸びも先進国で最低となっている。財政出動が抑えられたから、デフレ不況から二十年余りも脱することができないでいる。岸田首相は具体策として、新型コロナウイルス等の影響でダメージを受けた事業への援助、公共サービスに携わる人々の給料アップ、農産物の価格を上げる、地方再生と災害防止のためのインフラ整備、無法者中国からの脅威に備え防衛費をGDP比で二%以上に増額するなどを挙げる。また科学技術力の向上を促すため十兆円ファンドを創設するとも言った。これは日本発の論文の質と量の急降下が国際的話題となっているからだ。予算削減のため現在、国立大学の四十歳未満の常勤教官の七割近くが任期付きとなっている。こんな不安な身分では腰の落ち着いた研究ができないから、安直な論文を書くしかない。この状況を見て博士課程進学者が激減している。
お金の要ることばかりだから財務省が反発するだろう。我が国の借金残高は千二百兆円、対GDP比で二六〇%とギリシアより悪く世界ワーストと喧伝し、財政破綻を言い続け、緊縮財政を主導してきたからだ。しかし二十年ほど前、国債残高の大きさから日本の格付けが下げられた時、「先進国が自国通貨建て国債で破綻することはない」と財務省自身が正しく反論している。通貨発行権があるから、政府の子会社ともいえる日銀がお札さえ刷れば国債利払いも償還もすんでしまう。絶対に破綻しないのである。借金がふくらめば破綻する企業や家庭とは全く違うのだ。ギリシアの破綻はユーロの下で通貨発行権がなかったからだ。二〇〇一年のアルゼンチンは外貨建て国債がデフォルトした。「国債債務が増大すると国債の買い手がいなくなる、ハイパーインフレになる」と警告したエコノミストも多かったが、データはそうなっていない。一九九〇年に二百兆円だった債務は現在の千二百兆円まで単調に増大したが、長期金利は逆に六%からほぼ〇%まで低下した。別の言葉でいうと、千二百兆円の借金にもかかわらず国家財政は信認されているのである。政府の金融資産が六百兆円、海外資産は世界一の三百六十兆円、家計の金融資産が千九百兆円もあるからだ。無論、国債発行は無制限ではない。二、三%ほどの緩やかなインフレに達するまでは残高など無視して発行してよいということだ。しぶといデフレの続く今日の日本では、緊縮財政を積極財政に転換し、成長につなげるべきといえよう。だから経済産業省も「半導体やエネルギーなどに長期財政出動をすべき」と言っている。バイデン米大統領も「大きな政府」を表明し、今後数年間で五百兆円の科学研究投資、を掲げている。
残念ながら、岸田首相の政策には今後強烈な逆風が予想される。最も強い逆風は自民党内部からのものだろう。人格者の岸田氏が、お世話になった先輩たちに対し喧嘩腰になれるかどうかだ。新聞やテレビなどマスコミからの逆風も強い。ここ二十数年にわたり新自由主義による政策を支持してきたからだ。新自由主義により貪欲に日本を食い物にしてきた国際金融資本の後ろ楯、アメリカからの強い逆風もあろう。また岸田氏の経済安全保障は、防衛費増額に加え、科学技術の中国への流出防止や中国に頼らないサプライチェーンの構築も視野に入っていて、中国を刺激しそうだ。一言で言うと、岸田氏は政官財学の主流、マスコミ、米中など強力な抵抗勢力に包囲され四面楚歌と言ってよい。救国のための健闘を祈るばかりだ。
論理だけでは世界は回らない
新自由主義が最も傷つけたのは、実は世界各国の国柄である。とりわけ日本は深手を負った。十六世紀以来、来日した西洋人がほぼ異口同音に絶賛し、明治に来日した詩人アーノルドが「天国または極楽に最も近い国」と評した、日本の文化、美術、道徳、礼節、もののあわれなどの情緒、が生き馬の目を抜くような競争社会の中で侵食された。物事の価値を金銭で測ったり、お金を儲けることこそが人間の幸せ、などという日本の国柄に全くそぐわない教義に、なぜ巻き込まれたのだろうか。冷戦終了後の世界で、軍事上の無二の盟友でありながら経済上のライバルとなったアメリカに強制されたのだが、日本はそれに抵抗しなかったばかりか歓迎さえした。思えば我が国は、明治には弱い者いじめに過ぎない帝国主義に手を染め、文明開化に狂奔し、大正には大正デモクラシーに酔い、マルクス主義にかぶれ、昭和にはドイツ型軍国主義に浮かれ、戦後はGHQに他愛なく洗脳され、ここ三十年はグローバリズムにあっさり染まった。
欧米由来の思潮はすべて論理の産物である。一方、日本の国柄に論理はない。だから江戸になっても哲学や物理や化学は存在しなかった。数学は存在したが、それは芸術としてだった。一方で五世紀から十五世紀までの千年間に日本の産み出した文学は、その間に全欧米で産まれた文学を質および量で圧倒している。日本はもののあわれなどを中心とした情緒の国なのだ。欧米思潮にあっという間になびいたのは、産業革命をなしとげた欧米への崇拝もあったが、根本的には論理が脳に快いからだ。ただ、近年の世界の混迷は、「論理だけで人間社会はうまく回らない」を示している。もののあわれ、惻隠、卑怯を憎む心など、日本人が古来から大事にしてきた情緒と形こそが、今こそ混迷の世界を救うのに必要なのだ。新自由主義から目を覚まし、世界の宝石、日本を取り戻す時である。
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藤原正彦(ふじわら・まさひこ) 数学者・お茶の水女子大名誉教授。昭和18年、旧満州国新京生まれ。東京大理学部数学科卒業、同大大学院修士課程修了。理学博士。米コロラド大助教授、お茶の水女子大教授など歴任。数学者の視点から眺めた清新な留学記「若き数学者のアメリカ」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞、ユーモアと知性に根ざした独自の随筆スタイルを確立。「国家の品格」は270万部を超えるベストセラー。
































