民間人は荷物と同じ? 前澤友作氏の宇宙旅行を文科省やJAXAがよろこばない残念な理由

    その後も、科技庁と事業団は、秋山さんを「宇宙飛行士」として、認めようとしなかった。世界の宇宙飛行士たちの集まる会議で、他国の飛行士から「おかしい」と指摘され、しぶしぶと認めるようにはなったが。

    とはいえ、毛利さんも無料で飛行したわけではない。政府はNASAへ120億円を支払い、宇宙実験用の装置開発に150億円、計270億円を使った。

    しかも、NASAから見れば、この時の毛利さんは正式な宇宙飛行士ではなかった。宇宙で実験をする科学者は「お客さん」扱いだった。この時代の米国は、外国人に宇宙飛行士の資格を認めていなかった。その後毛利さんはNASAで訓練を受け、飛行士の資格を獲得した。

    民間ができることをなぜ国がやる必要があるのか

    有人宇宙飛行は、巨額のお金がかかる。科技庁や宇宙開発事業団が秋山さんの飛行に神経をとがらせたのも、民間ができることを、わざわざ国が行う、しかも民間より遅れてとなると、税金の無駄遣いと批判されるからだ。

    前澤さんが滞在しているISSもお金のかかる宇宙開発の代表格だ。日本は毎年400億円前後を運用に費やしており、文科省やJAXAは「見合う成果が出ているのか」と、ことあるごとに厳しく追及されてきた。

    こうしたこともあって、最近はISSを実験のような科学一辺倒の場としてだけでなく、民間企業との連携や産業振興の場として使うようになってきた。

    例えばISSに取り付けられている日本の実験棟「きぼう」で、IT関連企業などのコマーシャルを撮影、宇宙と地上を双方向でつなぐ「KIBO宇宙放送局」のスタジオを作るなど、エンタメ系の場所としても活用している。

    JAXAは「宇宙で撮影した地球の映像には、本物だけが持つ迫力があり、国民を感動させる」と、意義を説明してきた。

    だが、今回、前澤さんが披露していることはまさにそれだ。民間ができることをなぜ、国の宇宙機関がやる必要があるのか、すべきことは他にないのか、という疑問は当然出てくる。

    これからのJAXAは「射場の管理人」?

    頭に浮かぶのは、ロケットを民間移管した際の経緯だ。JAXAは長年にわたって、大手製造会社に注文して、ロケットを製造してきた。ただ、製造会社は大手2社だけ。「競争」という概念がなく、ロケット価格は世界と比べて高止まりしていた。

    そこで政府は、「H2Aロケット」を製造企業の三菱重工業へ移管し、2007年から打ち上げサービス事業も担わせた。JAXAは、種子島宇宙センターの打ち上げ施設の整備、維持や、安全監理を担う立場になった。開発中の次期大型ロケット「H3」も、三菱重工を中心に、JAXAとの共同開発が進められている。

    政治家の間からは「これからはロケットの開発も打ち上げも民間が主役。JAXAの仕事は射場の管理人だ」という声も出た。

    ISSに関してNASAは今後民間に移管する予定で、独自に宇宙ステーションの開発に取り組む企業3社を資金面で支援すると、12月に発表した。JAXAも実験棟「きぼう」の一部利用を民間に移管しているが、こうした動きはさらに進む。

    JAXAは今、NASAの主導する月探査計画に力を注いでいるが、前澤さんは月探査にも手を伸ばしている。米スペースX社と契約し2023年に月の周りを飛行する旅行契約を結んだ。最初のシートをすべて購入し、同乗クルー8人を募集している。

    民でできることは民で、という時代。どんどん民間人が活躍する中、国や宇宙機関はこれから宇宙開発のどんな仕事をしていくべきなのか。考えざるをえない状況だ。

    前澤さんの「破壊力」、これからじわじわと効いてきそうだ。(ジャーナリスト 知野 恵子)(PRESIDENT Online)

    知野 恵子(ちの・けいこ) ジャーナリスト 東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。


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