多くの地方鉄道が経営難にあえぐ中、茨城県のひたちなか海浜鉄道湊線(勝田-阿字ケ浦、14・3キロ)は廃線などどこ吹く風とばかりに、前代未聞とも言える延伸が決まっている。鉄道関係者からは「奇跡のローカル線」と呼ばれ、全国の地方鉄道にとって再生のモデルケースになると注目を集めている。
鉄道の非常識
「スーパーならまとめ買いで安くなるのに、鉄道にそんな発想はなかった。鉄道の常識は世間の非常識だ」と吉田千秋社長(57)は指摘する。吉田社長は平成20年の就任直後、通学客を増やそうと、年間通学定期券を発行した。勝田-那珂湊間は8万4000円で1年間利用可能。同区間の普通運賃は往復700円で、120日の利用で元が取れる計算だ。
これを知ってもらうため、高校でのPRにも努めた。学校関係者の声を聞き、利用しやすいダイヤ改正も実施した。通学時間帯の増便のほか、接続するJRに合わせて終電を繰り下げるなど一般客の取り込みも図った。こうした取り組みは大きな成果をあげ、通学定期利用者は20年度の29万1000人から令和元年度は39万6134人に大幅に増えた。
派手な列車に頼らず
派手な観光列車に頼らず、地味に足元を固める作戦は次につながった。国土交通省は今年1月、湊線を国営ひたち海浜公園西口まで3・1キロ延伸する事業を許可。同公園は初夏のネモフィラ、秋のコキアで知られ年間200万人が訪れる人気の観光地で、延伸により乗用車の利用客を鉄道に呼び込む考えだ。ただ、令和6年春の開業を目指していたが、新型コロナウイルス禍で遅れる見込みだ。
吉田社長は「沿線には那珂湊おさかな市場や大洗水族館に100万人ずつと約400万人の市場がある。これを取り込もう考えるのは当然だ」ともくろむ。
同鉄道は、湊線の乗車証明書があれば食事などの割引が受けられるサービスや那珂湊おさかな市場と国営ひたち海浜公園を結ぶツアーに湊線を組み込むことに成功した。
「延伸はわずか3キロ程度だが、ひたち海浜公園への観光が飛躍的に便利になるほか、バスターミナルやショッピングセンターの建設予定もあり、地域全体に大きな延伸効果がある」(吉田社長)。
全国から視察
こうした取り組みに地元の支援は欠かせない。市民団体「おらが湊鉄道応援団」は土日祝日、那珂湊駅で手作りマップや那珂湊おさかな市場のサービス券などを配っている。佐藤彦三郎団長(82)は「会社や市、商工会議所、市民が一体となり湊線を盛り上げている」と話す。
6月には半世紀近く活躍した車両を〝ご神体〟として阿字ケ浦駅にひたちなか開運鉄道神社が建立。車両が44年間無事故だったことから交通安全や長寿を願い、鉄道ファンらが多く訪れる。建立は鉄道関連のイベントでまち興しに取り組む「三鉄ものがたり実行委員会」がインターネットで資金を募るクラウドファンディングで集めた。
10月からは、ほしいも生産日本一であるひたちなか市を「ほしいも王国」と捉え、ほしいもラッピング列車の運行を始めた。来年2月まで運行する。
鉄道関係者の間では数年前から「奇跡のローカル線」と呼ばれ、全国の地方鉄道から担当者の視察が相次いでいる。吉田社長は「地域により条件は違うが参考にはなる。これからも地元の声を聞き堅実にやりたい」と話す。沿線住民の「今度は何をやってくれるの」と期待も〝延伸〟させている。
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【ひたちなか海浜鉄湊線】 明治40(1907)年設立の湊鉄道が起源。戦後は茨城交通が運行してきたが、乗用車の普及などで赤字が累積し、一時は廃線も検討された。沿線住民が存続運動を展開し、平成20年に第三セクターとしてスタート。富山県の高岡市と射水市を結ぶ第三セクター鉄道、万葉線を活性化させた手腕を買われた同鉄道の吉田千秋氏が、全国公募で初代社長に迎えられた。
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【記者の独り言】 取材のため、何度か車で国営ひたち海浜公園を訪れたことがある。渋滞を考慮しても、駅から公園入り口まで3キロ以上ある湊線の利用は選択肢になかった。久しぶりに乗ってみて、新駅やデザインが美しい駅名標に新しい取り組みを活気を感じる一方、随所にひなびたローカル線の風情も残っていた。また乗ろう。今度は気ままな旅人として。(篠崎理)
































