■「家庭のタブー」条件3:羞恥心
多くの場合、DVは、加害者はもちろん被害者もそれについて言及しようとしない。まさに「家庭のタブー」の代表格だと言える。
だが、なぜ被害者はそれについて言及しようとしないのだろうか。その理由は、タブー下における被害者心理にあると考えられる。
先述のように被害者はまず、「短絡的解決」により、タブーを生み出す。橋本さんのケースで言えば、これまでの交友関係を切るように言われたときと、「勝手にお金を使わないでくれる?」という彼女に対し、反論しなかったときだ。
以降、橋本さんは「孤立」していき、自分で稼いだお金で、自分の判断で物が買えなくなった。ひとたびタブーが生まれれば、加害者側はしめたものだ。みるみる本性を表し始め、ことあるごとに「怒らせるお前が悪い」などと言い、「DVの原因は被害者」だと洗脳・刷り込みをする。
一方、被害者側は、加害者側が暴力や暴言を振るっていない、いわゆる「ハネムーン期」の振る舞いや言葉にほだされ、「自分は愛されている」「(加害者側が)反省してくれたからもう大丈夫」と思い、暴力・暴言を受けてもその度に許してしまう共依存関係に陥っていく。
そして、洗脳状態、共依存状態に加え、被害者側がタブーを破るうえで大きな障害となるのが、「羞恥心」だ。精神的DVや経済的DV、社会的DVなど、目に見えないDVはもちろん、身体的DVであっても、病院での治療が必要なほどの大ケガを負わされたわけではない場合、「おおごとにしたくない」「体裁が悪い」など、「恥ずかしい」という気持ちから、被害者側はDVの事実を隠そうとするのだ。
特に、橋本さんのようにDV加害者が妻の場合、夫は「一般的に、男性より非力とされる女性にかなわない自分」に感じる「情けなさ」や「恥ずかしさ」から、なかなか外に助けを求められなかった可能性がある。
橋本さんは付き合ってから約1年後に彼女と結婚し、2人の子どもをもうけたが、約5年後には妻からのDVに耐えきれなくなり、真夜中に着の身着のまま家を飛び出した。弁護士に依頼した後、妻からの報復をおそれて警察に相談したが、「何かあってから呼んでくれる?」と冷たくあしらわれ、こう思ったという。
「きっと、『男のくせに情けないな』くらいにしか思われなかったのでしょう。『何かあったらすぐに連絡くださいね』と言ってくれたら、それだけで安心感が違います。やはり、長年DV加害者に支配されてきた被害者の恐怖は、経験した者にしかわからないのだと思いました」
「短絡的解決」により経済的DVを受け、自由にできるお金もなく、社会的DVを受け、親しい友人知人との交際を禁止され、「孤立」していた橋本さんは、長年の精神的DVによる支配や恐怖、そして「羞恥心」から、極限まで声を上げることができずにいたのだ。
■家庭のタブー=人を身動きできなくさせる恐ろしい凶器
タブーを生み出す「短絡的解決」「孤立」「羞恥心」という3つの条件は、DV家庭だけに言えるものではない。ニートの子どもがいる家庭、認知症の親を介護する家庭、障害のある子どもを持つ家庭……のみならず、傍から見れば何の問題も抱えていなさそうな家庭でも、条件さえ揃えばタブーは発生するだろう。
コミュニティが小さく、風通しが悪い環境であればあるほど、そのコミュニティを構成する各人の影響力が大きくなる。だからこそ、令和3年が過ぎ去ろうとしている現在でも、耳を疑うような事件が後を絶たないのは、家庭なのではないだろうか。
自分の味方は自分。自分の身を守るのも、他でもない自分だが、社会には、当たり前にできることさえも当たり前にできなくなる。そんな皮肉な現実が存在する。
「短絡的解決」「孤立」「羞恥心」という3つの条件が揃ったときに生じるグロテクスな「家庭のタブー」。この視点で個々の事例を見通せば、共通する何かしらの解決策が見えてくるかもしれない。
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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。
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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)






























